世界を渡る少女
目の前には死体の山があった。
今まで敵対していた勇者たち、それのなれの果てである。
その中で動いている者が1人。だがしかし悲しいかな、その命ももう尽きようとしていた。
「この……化け物め……俺たちの努力……これまでの冒険……それが全て無駄だったって言うのかよ……」
目の前の死にぞこないの”物”は鋭いまなざしでこちらを睨み、呪詛の言葉を吐く。
しかしそれは”私”の心を少しも動かさなかった。
「あなたたちの訓練、冒険なんて私には関係ないわよ」
そう言った少女は美しかった。
年のころは14歳ほどだろうか? 銀色の髪を靡かせ、その真紅の瞳で勇者と呼ばれた男を見つめる。
漆黒の軍服を纏い、その表情には何の感情も浮かんでいない。14歳の少女にしては異常なほど異常であった。
少女はあくびをしながらつまらなそうに死体の山を再び見る。
「むしろ努力をしてその程度? あなたたちが今までどんな冒険をしていたのか知らないけれど、これなら私が物心ついた頃の方がましだったわ」
「言わせておけばぁ!!!」
勇者は咆哮を上げる。自分の事のみを馬鹿にされるならいい。だが今までの努力、そして冒険は仲間と共に積み上げてきたものだ。それを馬鹿にすることなど許せるものではない。
「彼の者は唄う! 万象全てそのままであるようにと! 彼の者は願う! 永久に続く安寧を! 我はその願いを成就する者! 我はその願いを聞き届し者! 顕現せよ! 力よ! 不変で絶対であった時よ! 我はその不変を打ち破りし者! 我はその鎖を噛み砕く! 領域停止!」
その瞬間、世界からその区間だけ切り抜かれたように、勇者と少女の居る空間のみ時が止まった。
勇者は力を振り絞り、持っていた剣を掲げ、少女へと突進する。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
少女の胸へと剣は突き刺さる。いとも簡単に。
時間が止まっているが故に少女は動かない。吹き出るであろう血も、止まった時間の中では止まったままだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
そして時は動き出す。
少女の胸からは鮮血が噴き出し、少女はその場へと倒れ伏す。
しかし……。
「終わり?」
勇者の背後から聞こえる少女の声。
勇者の眼前には少女の死体が転がっている。にもかかわらず少女の声は聞こえてくる。
時間の経過とともに少女の死体は透けていく。そして数秒がたったころには、最初からそこには何もなかったかのように……死体も、そこから溢れだした鮮血も消えていた。
「一体……どんな手品だ! 俺は確実にお前を殺した! 手ごたえはあった! なのに何故死なない! もういい加減に死ねぇ! ”魔王”!」
勇者は半狂乱になりながらわめきたてる。もう勇者にはどうすればいいか分からなかった。時を止める禁術。それは勇者の奥の手だった。仲間たちにも秘密にしていた。人が決して触れてはいけない、いや、触れられないはずの時間の摂理を捻じ曲げる”時間への干渉”。仲間たちの時も止めてしまうし、この禁術は代償として自分の命を引き換えにしなければならないのだ。
だがその禁術も目の前の”魔王”には通じなかった。勇者の命ももうすぐ尽きる。このままでは”魔王”にこの世界を蹂躙される……それだけは……と勇者は歯ぎしりをする。
「魔王? 私は魔王ではないわよ」
そう告げる少女。勇者は一瞬何を言われているのか分からなかった。だが、意味を理解してそんなはずはない! と顔を上げた。
「ふざけるな! この魔王城の前で俺たちを待ち構えて、俺たちを壊滅状態にまで追い込んでおいて魔王じゃないだと!? そんなの信じられるわけないだろう!?」
しかし勇者は言いながら疑問を覚えた。だがこんな決着のついている状態で魔王が嘘をつく必要があるのだろうか?
「魔王ならこの城の中でもう死んでるわよ。さっき私が殺したもの。死体は残ってないから証拠は見せられないけど」
少女は何のけなしにそう答えて見せた。
少女は魔王では無いと言う。それならばこの少女は何者なのだろうか? 俺たちをたやすく壊滅状態にまで追い詰め、魔王を滅ぼしたと言うこの少女は何者なのだ?
「ならお前は何なんだよ! 魔王でも勇者でもないのにこの強さ……どっちにも敵対してるお前は何なんだぁ!?」
「別にどっちの敵でもないわよ。魔王に用があってここに来たのだけれど期待外れだったから殺した。あなたたちには用も無かったけどいきなりあなたたちが襲ってきたから殺した。私はただの旅人よ」
「旅人……だと?」
「そうよ……”この世界”の魔王は人の生死を操れる。そう聞いて来たのよ。それが何? ただ単に人を殺せる程度の力を持った人外の獣じゃない。そんな物に私は興味なんてない。私が求めるのは死んだ者を蘇らせる力」
そう言って少女は右手を”パチン”と鳴らした。
瞬間、少女と勇者以外の世界全体の時が止まった。
「な!?」
勇者は驚愕する。自分が命を賭し、詠唱する事で可能な時間の停止。
それを目の前の少女は指を鳴らすだけでやってのけたのだ。しかも規模が違う。勇者が一区間の時間を止めたのに対し少女は止めたのは世界全体の時だ。
「こんな”時間程度”に干渉するのは容易いわ。こんな力はいらないのよ。私が欲しいのは人を……あの人を蘇らせる力。それ以外は何も要らないのに……皮肉な物ね」
悲し気に呟く少女。その瞳には深い悲しみが宿っていた。
「もうこの世界には用はないわ。次の世界に行くとしましょう」
「さっきからこの世界だの次の世界だのと……お前は別の世界から来たとでも言うのか? 世界が他にもあるとでも言うのか!?」
少女は俺の言葉を聞いて少し驚いた顔を見せ、
「世界がこの一つだけしかないとでも思っていたの? 他の世界の観測も出来ない程遅れている世界だったのね……本当に来た意味がない。無駄足だったわ」
そう言って少女は腕を振り上げる。
「な……何をする気だ?」
勇者はそんな少女の様子に不吉な予感を覚え、尋ねる。
「何って、この世界を消すだけよ」
散歩に行くような気軽さで、当然のように言い放つ少女。
「な!? なんでそんな事をする必要があるんだよ!? さっきまでお前が言ってたことが本当だとしてもそんな事をする必要無いだろうが!」
少女の求める目的はある者を蘇らせること。先ほどまでの少女の言う事を信じればそういう事になる。ならばこの世界を消す意味は少女にとって無いはず。そう思い勇者は止めようと声をあげた。
「私は次に行く世界を決めれないのよ。ランダムなの。だから一度来てしまった世界にも来てしまうかもしれない。でもそんなの時間の無駄じゃない。だから消すの。世界そのものが消えれば私の行く世界の選択肢からその世界は消えるわ」
「そんな事の為に……この……悪魔め……」
「悪魔……魔女やら化け物やら神やらと色々言われてきたから何も感じないわね。まぁ運が悪かったと思って諦めなさい」
そう少女は告げ、詠唱を始める。
「あまたある世界のひとつよ。祝福しましょう、あなたの眠るときが来た。ああ恐れるな、怖がるな。いつか来るべき日、それが来ただけなのだから。今まで苦しかったでしょう。辛かったでしょう。しかしもう苦しむことはない。悲しむことはない。あなたは永久に眠るのだから。重ねて言う。祝福しましょう――――――祝終焉世界」
詠唱の終わりと共に地面が揺れる。地震のようだがただの地震ではないのだろう。
「それじゃあね。人と話したのは久しぶりだったわ」
そう言って姿を消す少女。少女の言う事が正しいのならば別の世界へと旅立ったのだろう。
「は、はは」
勇者は乾いた笑いをこぼした。
今まで魔王を倒すために修行し、仲間と共に死線を超え、その結果がこれか。
もうすぐ魔王と決着という所で旅人と言う少女に全てをかき回された。
今までの全てが無駄だったと言われた気分だ。
もう笑うしかない。
「ははははははは!」
一体どうすればよかったのだろう。どこで一体自分は間違えたのだろう。
いや、自分は間違っていない。ただ運が悪かっただけなのだ。
あの少女がこの世界にやってきた。その時点で全てが終わっていたのだ。
「疫病神め……」
そう言って勇者は閉じていく世界の中で息を引き取った。
――――――――――
「私の旅はいつ終わりを迎えることができるのかしら」
少女は次の世界への移動中、独り言を漏らす。
人の死は絶対の理だ。それを覆すことなんてできないのかもしれない。
それでも私はそれしか望みがない。もしかしたら私の旅は終わりが無いのかもしれない。
「まぁいつかは終わりを迎えるでしょう」
世界を移動し、期待外れなら滅ぼし、次の世界へと移動する。それを繰り返していけばいつかは私の旅は終わるだろう。
「今の私をあなたが見たらなんて言うかしら」
少女は軍服の中にあるペンダントを引っ張り出し、中を開ける。
そこには少女と並んで立つ青年の姿があった。
そのペンダントを見つめる彼女の顔は慈愛に満ちていたが、同時に悲しげにも見えた。
「それでも私はこの道を行くと決めた」
さあ、行こう。他に望むものなど何もない。
私が欲しいものはたった一つだけ。それ以外の物なんていらない。その望むものを手に入れる為に……歩こう。どこまでも――――――。
中二病ストーリー描きたかったので書いてみました。
ちゃんと書けてるかな。もうちょっと詠唱とか中二病っぽくやりたかったけど何も思いつきませんでした。精進せねば……