ep.2「純血のミックスブラッド(1)」
「よぉ姫様。こんなとこまで下りてくるなんて珍しいねぇ!」
「どうもベルルド。そちらも商売は上々のようで」
「あら姫様こんちには。今日も綺麗ねぇ」
「ありがとうフェルム。貴女も相変わらずお美しいですよ」
「あっ、ひめさまー!ひさしぶりー!」
「こんにちはリリア。少し大きくなりましたか?」
ディンブル城下町。
活気ある街並みの中を、樹とリオンは歩いていた。
そんな中で、道行く人々に次々と話しかけられるリオン。皆が口を揃えて「姫様」と呼び、慕っているようだった。
「人気者だな、リオン」
「ええ、まぁ。ディンブル城の王姫ですから」
「マジで姫様なの?」
「もちろん冗談です」
「…………」
「かつての王の側近であった為に、皆が勝手にそう呼んでいるだけです。立場としてはただの侍女。ディンブルを治めているのは、魔王ただひとりです」
「ふぅん」
ただの侍女とは言うものの、リオンは町の皆からはかなり慕われている。それに、リオンも声をかけてきた町の人々全ての名前を覚えているようで、ただの侍女と町民という言葉だけでは表せられないほど、町の人々とリオンの間には温かな関係を感じた。
「ところでリオン、魔族と人間って、見た目以外に明確な違いってあるのか?」
「端的に言えば、中身が違います」
「……それは、臓物的な?」
「いいえ。体の中身自体は、人間も魔族も大差はありません。………あぁ、ちょうどいいところに、ちょうどいいものが。あれをご覧ください」
リオンが淑やかに前方に手を差し向ける。その先では、大道芸人らしい風貌をした魔族が10個程のボールを宙に浮かせ、それを動かし弄んでいた。
「ご存知の通り、この世界では魔術が使えます。あのようにボールを浮かせることも容易ですし、力量によっては宙を浮くこともできます。……端的に言えば、中身が違うというのは『魔術の素養があるかどうか』ということです」
「…………………人間じゃ魔術を使えないってこと?」
「そんなに泣きそうな顔をしないでください。もちろん、この世界の人間も魔術を使えます。ただ、魔族に比べれば劣るというだけの話です。魔族に比べて人間は、魔素の限界量が少ないのです」
「まそ?」
「魔術の素……外世界には存在しなかった元素です。目に見えることなく空気中に漂っており、それを使役することで魔術として現出させられるという仕組みです」
「わかったようなわかんないような……」
「詳しい説明は省きます。面倒なので」
「ついに面倒って言っちゃったよ」
「あともうひとつ、特徴と言えば……あぁ、あそこに、ちょうどいいものが」
「ん?次はなに……………ってケンカじゃねーか!!」
リオンの視線の先では、獣の頭をした魔族……所謂獣人のふたりがいがみ合って取っ組み合いになっていた。
「彼らの目をご覧ください……って、ちょっと、お待ちを」
「ちょいちょいちょい、ちょっとちょっと!待っただ待った!ステイ!なにこんな往来でケンカしてんですかあんたら!」
「あァん!?なんだ坊主!?」
「邪魔すんじゃねぇ!これは俺らの問題だ!!」
リオンが目を離した隙に、いつの間にか樹はケンカの真っ最中の獣人の間に割って入っていた。
「……『図書館』の記録に正義感が強いと記されてありましたが、これほどとは………まったく、面倒なことを。人のケンカに他人が口出しするものではありませんよ」
「いやいや、こんな道のど真ん中で殺意剥き出しのこの人たちがケンカでもしてみろ!露店グチャグチャになっちゃうでしょ!大問題だぞ!」
「殺意剥き出しの魔族の間に割って入るのも問題ですが」
「ええいさっさとどけガキ!髪の毛喰い散らかすぞ!!」
「やめて!齢16にして宣教師ヘアーになりたくない!」
「ヤな思いしたくなかったらどいてやがれ!」
「それとこれとは別問題だ!!なにもこんな道のど真ん中でケンカすることないだろ、ていうかなんでケンカしてんだ。理由を話せ理由を!」
「こいつが俺のリンゴを食いやがったんだ!」
「残して欲しかったら名前書いとけって言ってんだろーが!!」
「食い物に名前なんて書けるわけねぇだろぉ!?あァ!?」
「だから紙に書いて貼っとけって言ってんだよアホがよォ!!」
「ケンカの理由ショボすぎんだろ!?そんなことで今にも喉元食い破りそうな剣幕で掴みあうな!子供かっ!!」
「「そんなこととはなんだ!!」」
「うわこいつらめんどくせぇ!!っていうかこの人たちのモフモフに挟まれて身動きがとれない、助けてリオン!!」
「勝手に首を突っ込んでおいて勝手に匙を投げないでください。まぁ、くだらない理由というのは賛成ですが」
「んだとォ!?……って、誰かと思えば姫サマじゃねーか」
「高いトコから見下すのが大好きな姫サマが、わざわざなんでこんなとこに」
「まぁ、端的に言えば道案内のようなものです。貴方達の間に挟まっている方の。とにかく、お互い離れなさい。こんな往来でイザコザはやめなさいと、前にも言ったはずですが」
「だって、ゾルディがよぉ」
「最初に突っかかってきたのはオルジィだ」
「とにかくやめなさい。ふたりとも、また"オシオキ"をされたくないでしょう?」
リオンの言葉に身を震わせ、ふたりの獣人、ゾルディとオルジィは距離を開けた。獣人独特のモフモフから解放され、樹も晴れて自由の身となる。
「だっは。はー、すっげぇモフモフだった。身動きが取れなくなるほどとは。………ねぇ、ちょっともっかいモフらせて?」
「味を占めないでください。とにかく、ゾルディ、オルジィ。ケンカがしたいなら、人に迷惑のかからない方法で優劣をつけなさい。町外れに住んでるトネルが、薪を割り切れなくて困っていると聞いています」
「はーん、なるほど。薪割りで勝負つけろってか」
「お?いいのかゾルディ?テメェこの前の薪割り勝負じゃオレに負けてんだぞ?」
「その前はオレが完勝してんだろうが、調子乗ってんじゃねぇぞ?あ?」
「いいから。早く行きなさい」
リオンの一瞥と共に、ふたりの獣人は町外れへと向けて口論を続けながら歩いて行った。そんな様子を見て、樹は………
「……オカンみたいだ」
「まぁ、否定はしません。ところで、貴方様は先のふたりの目をご覧になりましたか?」
「ん?ああ、なんか、やたらと綺麗な青い目をしてたな。なんかちょっと、ぼやーっと光ってるようにも見えたけど」
「はい、それが魔族の特徴と言えるべきところです。……魔族が人間より魔術を使いこなせるのは、偏に、魔素によって進化した種族だからなのです」
「魔素によって進化……ってことは、環境に適応して進化してった生物、みたいなもんか?」
「まさしくその通りです。人間が、或いは別の生物が、魔素に満たされた今の環境に適応し、進化した結果に生まれたのが魔族なのです。故に、魔族は魔素との結びつきが強く、魔術をより良く扱えるということです」
海で生まれた生物がえら呼吸を体得していったのと同じようなものだろうか、と。樹はぼんやりとリオンの言葉を噛み砕く。
「魔素との結びつきが強い……端的に言えば、肉体の内外に関わらず、魔素の影響を受けやすいということ。先程見た青い目も、魔族特有のものなのです」
「魔素が反応して目が青くなってるってこと?」
「厳密に言えば、体内の魔素が視神経を通して虹彩に影響を及ぼしている、という感じです。まぁ、常に目が青いわけではなく、感情が昂ぶると目の色が青くなるというのが正しいですが。魔族の中には、人間と見分けのつきづらい者も居ます。そういった者たちは、一度怒らせてから目の色を確認することで、容易に判別が可能となっております」
「………いや、わざと怒らせて判別とか、冗談だよね?」
「はい、冗談です」
「よーし、お兄さん、だんだんリオンちゃんのことがわかってきちゃったゾ。人を弄んで心の中でワハハってするタイプだなこの野郎」
なんやかんやを見聞きしながら、樹は魔族の街を闊歩していく。
これから先、魔王として生きるとなると、毎度リオンの冗談に付き合わされる事になるのか、と。なんとも言えない気持ちになった樹。実際、しばらく後にリオンの冗談にあれこれ振り回されるハメになるのだが、それはまた別のお話。