ep.1「流転するリインカーネーション(5)」
見慣れた天井。見慣れた照明。古ぼけた軋むベッド、自分の匂いが染みついた枕。質素な柄の毛布に掛け布団。
ここがどこか、など考えるまでもない。生まれてから16年間、色を変え形を変えながら、ずっと過ごしてきた部屋だ。
まるで、まるで永い夢でも見ていたかのように、胡乱な気分で布団から起き上がる。
「………………夢……?」
パラリと、紙をめくるような音が響き、そんな考えは彼方へと飛んで行った。
夢なわけがない。あんな現実的な夢があってたまるものか。明晰夢にしても出来が悪すぎる。なにより、死んで始まる夢など、それこそ死んでも嫌というものだ。命あっての物種、生あっての物語だと、いつか祖父が言っていたことを思い出す。
─────だからこそ、これは現実なのだろう。
どくどくと脈打つ心臓の鼓動を感じながら、ぐるりと首を回して枕元で読書に耽る少女に問う。
「………これは、どうゆうつもりだ?リオン」
「生前、貴方様が過ごしていた部屋を再現致しました」
「何をしたかを聞いてるんじゃない、なんでこんなことしたかを聞いてるんだ」
「枕が変わると寝られない人がいる、という話を目にしましたので、貴方様もその側の人であることを考慮し、貴方様の記録を頼りに再現させていただきました。お気に召しませんでしたか?」
「………ああ、最高に最上級の死体蹴りだよ。………寝覚めが悪いにも程がある」
「そうですか、意を汲めず、申し訳ありません」
リオンは礼儀正しく頭を下げる。
悪びれている様子がないわけではない、しかし、どこか形式張ったような、堅苦しい謝罪だった。
ひとつ溜息を吐いて、樹は浮かんだ疑問をつらつらと口にする。
「……聞きたいことが3つある」
「なんでしょうか」
「どうやって俺の部屋を、そっくりそのまま作った」
「貴方様の記録から部屋の構造、内容物を把握し、同様の物を魔術によって組み立てました。……当然、そちらの世界にあり、こちらの世界にない物質もございます。その点は、限りなく似通った物質で補填致しました。目を凝らそうと触れようと、差は感じられないと思われます」
「つまり、俺の記憶を読み取る魔法があるって解釈でいいんだよな?」
「正しくは魔術ですが……答えは否です。私が読み取れるのは"記録"であり"記憶"ではありません。まぁ、多少記憶を辿るのも、やろうと思えば出来ることではありますが」
「……なら、俺の死んだ記憶を読み取ることだって、」
「不可能です。そちらの世界での科学同様、魔術は便利ではあれど万能ではありません。有を無にすることは可能ですが、無から有を生むことは出来ないのです。貴方様自身が覚えていないことを引き出すことは出来ません」
「……なら、いい。とりあえずそっちの線は諦める。じゃあこれで最後の質問だ。"記録を読み取る"ってのは、どうゆう意味だ?」
「……アカシックレコード、というものをご存知でしょうか」
「……確か、世界のあらゆる情報やらなんやらが保管されてる概念とか、そんなのじゃなかったか」
「端的に言えば、私はアカシックレコードに接続ができる、この世界で唯一の端末なのです」
「接続……端末……?」
リオンは読んでいた本を閉じ、その目を伏せたまま滔々と語り続ける。
「アカシックレコード……この世界では『果ての図書館』と称されていますが、私はその『図書館』と接続することで、あらゆる記録・情報を読み取ることが可能となっております。……頭の中に、あらゆる情報が記載された無数の本棚があると想像していただければよいかと」
「…………なるほど。だから俺の記録とやらを読み取って、俺の部屋を再現できた……それに、俺のいた世界のことも知っていたってわけか」
「理解が早いようで助かります。さすが探偵である父君のご子息と言ったところでしょうか」
「おべっかはいい。………一応聞いとく、その『図書館』とやらで、俺の死因を見ることは?」
「シュレディンガーの猫、というものをご存知でしょうか」
「……………ああ、もうわかった。人に認知されなきゃ『図書館』とやらには記録されないって、そうゆう話だろ。俺が認知していない限り、それは記録として成り立たない」
「ご明察です。記録とは、人が居てこそ成り立つものであり、人が認知していなければ、それは記録として成立し得ないものなのです。逆に言えば、不特定多数の誰かひとりでもその情報を有していれば、それは記録として成立するということになりますが」
「……………待てよ、おい。つまり、どこかの見知らぬ誰かのひとりでも記憶に残ってるなら、それは記録として保管されるってことだよな?なら俺の死因だって読み取れるはずだ!!俺が事故で死んだにせよ、誰かに殺されたにせよ………もし自殺だとしても、家族でも、友達でも、必ず誰かが知ってるはず、必ず死因は究明されてるはずだ!!」
「先の話から、その答えはもう出ています」
ようやっとリオンは顔を上げて、樹の目を見る。
「貴方様の死についての記録は、『図書館』には保管されていません」
「なんで!?」
「何かしらの要因で、全ての情報や記憶から抹消されているからかと」
「だからなんで……!!」
「人が死んだ記憶を世界から抹消するなど、それこそ世界そのものを滅ぼす程のことをしなければ成し得ません。ですが、貴方様がいた世界は今でも存在しています。……つまりは、人為的な要因によるものであり、」
「人ひとりの死を全部もみ消したって?何のために!誰が!?」
「いえ、そちらの世界の何者かがそうゆうことをしたのであれば、それすらも記録として保管されているはずです。なにより、そちら側の技術で人間の記憶を抹消することは不可能ですし、そちら側の情報網から特定の情報を完璧に抹消することも不可能です。────────端的に言えば、そちらの世界の特定の情報や記憶が、特別な方法で何者かに抹消されています」
「そんなこと、科学技術どうこうでできるわけ……!!」
言って、気づく。
先程リオンが言っていた、何気ない一言が頭を過る。
深く考えることもなく、本能のまま樹の口は動いていた。
「…………………魔術か」
「はい」
リオンは何食わぬ顔で肯定する。
そしてようやく、樹は真実の一端を掴み取る。
永く続く真実への道の、その一歩を歩き出す。
「無から有は生み出せない。しかし、有を無にすることは可能である。それが、貴方様の世界にはなかった魔術というものです。──────貴方様が居た世界で、魔術が使われた痕跡を見つけました」