ep.1「流転するリインカーネーション(4)」
「話を聞きたい……?なぜそんなことを………もしやキミは、この国の者ではないのか……?」
随分と驚いた様子で、アリスは問い返す。
「……ああ、そうだ。ちょっとワケありでどこから来たかは言えないけど、遥々ここまで来た旅人ってわけだ。……随分離れた場所から来たから、この国のことを全然知らなくて、ようやっと会えたのがあんたなんだ。出来れば、少し話を聞かせて欲しい」
そう言って、樹は"旅人"としての仮面を被りながら、彼女から出た言葉を頭の中で整理する。
(魔族の領地、確かにこの人はそう言った。国とも言った。なぜ人間がこんな所にいるのかとも。……よし、だんだんわかってきたぞ。たぶんこの世界……いや、この国は少なくとも、人間と魔族が共存してない世界だ)
「旅人、か……こんな国に来てしまったのは、運が悪かったとしか言いようがないな……。ともあれ、知りたいことがあるならば、私で良ければ力になろう。私はアリスだ。キミの名は?」
「……俺はイツキだ。よろしく、アリス」
「ああ、よろしく、イツキ。……ふむ、そうだな、話をするのは構わないが、言葉にするよりも、見たほうが早いだろうから、街の方へ行こう。少し歩くが、構わないか?」
「大丈夫だ。この国の街をこの目で見れるなら、なおさら好都合だ」
今は少しでもこの国の、この世界の情報が欲しい。まずはなによりも、この世界の人間のことを知らなければならない。樹はひとつ深呼吸をして、森の中を進んでいくアリスの後を追うのだった。
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………そんな樹の背中を、城の中から見守る姿があった。
ひとりはリオン。窓から淡々とした目で樹を見送っていた。もうひとりは深緑のマントを被った男。気の抜けたような声で、男はリオンに問いかける。
「いいんですかい、姫様。あの少年、例の後釜でしょう?」
「むしろ好都合と言うべきでしょう。手間が省けます」
「手間?なんの?」
「彼にこの世界を知ってもらうという意味での手間です。……彼はまだ、何も知らない。だからこそ知らねばならないのです。この世界の在り方を──────魔族の在り方を」
樹の背中を眺めるリオンは、少しだけ寂しそうな顔をする。その真意は、誰の知る由もない。
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「………ここ、は」
「ここがこの国、"クーガリア"の中心街だ。静かな街だろう?」
樹とアリスがしばらく歩いて辿り着いたのは、白い石畳に彩られた街であった。
閑散とした、というより、"人"というものが居なかったあの城とは違い、ここにはちゃんと人がいる。人の生活がある。ここは確かに、人間が生きている街だった。
「(……異世界モノの漫画とか本とかでは見たけど、本当に建物は洋風なんだな。まぁ、石造りが主体ならそうなるんだろうけど……でも)」
樹はここまでの道中を思い出し、アリスに問う。
「なぁアリス。ここに来るまでに、ここの街並みとは違う、木造りの家があったよな?あれはなんだったんだ?別荘とか、文化の違いとか、そうゆうもんなのか?」
「キミの居た国ではあまり見ないものだったか?文化の違いなんてそんな大層なものじゃないさ。ただああゆう家に住みたい者がいたから造られただけだ。あとは……そうだな。単純に利便性の問題もある。この街は元々、崩れた鉱山を下地に生まれた街だったんだ。だから自然と石造りの街並みになった。ここから離れたあの森では、木で家を造る方が手っ取り早かったからそうした。そんな違いでしかない」
「……もしかして、生まれの違いによって、住む家の好悪が決まったりするのか?」
「そうだな。森で生まれた人々は、木でできた家に住んだ方が一番"馴染む"のだそうだ。まぁそこも、単純にそれぞれの好みでしかない。生まれも育ちも森であっても、土や石でできた家に好んで住みつく者もいる。きっと、たぶん、どんな国であれ、街であれ、衣食住は個人の好みの問題なのだろうさ」
樹はここに来る途中で、日本家屋によく似た建物を見た。
切妻型の屋根に、瓦によく似た何かが敷き詰められていて、森の空き地にぽつりと置かれたその家には、縁側や井戸、水車まであった。一昔前の、まだ電気が栄える前の日本のような家がそこにはあったのだ。
「(異世界といえば洋風の家って思ってたけど、アリスの言う通り、単純に好みの問題なのか……?)」
「あとはまぁ、この国の建築士たちは皆好奇心旺盛でね。色々な形の家を試すのが好きなんだ。最近では粘土や砕いた石を混ぜて出来る、自然に固まる変なもので家を作ろうとしているみたいだな」
「……マジか、セメントまで作ってるのかよ」
「せめんと……?キミの国ではそういう名前なのか?」
「い、いや、なんでもない。ただの独り言」
くるりと、街を見渡す。人通りは多くはない。アリスが言う通り静かな街だ。ただ、街の奥の方、おそらく街の中心部であろうところに、やたらと目立つ建物があった。
「ああ、王家の城か?」
「王家?この国は王政なの?」
「……形だけの王、過去の遺物のようなものだ。……私は王家に仕える騎士団の隊長だが、今の王家には看過できないと思うところが多くある……腐っていると言われるほどにはな」
「………そんなに腐った王政なら、さっさと切り捨てちまえばいいのに」
「そう簡単な話でもないから今でも王家は栄えているんだ。………そんな腐った政治の中でも、諸外国との外交を取り仕切っているカイルはよくやってくれている。魔族との停戦協定を結んだのも彼だ。カイルは私の友人でな、彼のような友がいて鼻が高いよ」
「停戦……?魔族と人間は仲が悪いんじゃないのか?てっきり、戦争の真っ只中だったりするのかと……」
「戦争?まさか。魔族と戦争していたのなんて100年以上も前の話だ。しばらく前から停戦状態ではあったのだが、それを確約させたのがカイルなんだ」
「………停戦協定を結んでるなら、なんで魔族との仲は険悪なんだ?」
「…………一度根付いた観念というのは、そう易々と捨てられないものだ。…………っと、もうこんな時間か、そろそろ宿を探さねばな。とりあえず、私の知り合いの宿屋に行ってみよう。話をすれば無償で泊めてくれるはずだ。良ければ、むこうしばらくの働き口も………」
「いやちょっと待って!宿くらい自分で探せるから!何から何まで世話になるわけにはいかないよ。心遣いだけ受け取っておく」
このまま寝床につくのもいいが、まだまだ納得できないところは多い。特に、人間から見た魔族への価値観や、100年も停戦状態だった理由。知りたいことは山積みだ。まだ今日は時間はある。この街を散策しながらでも、色々聞いて回りたいところと思い、樹はアリスの提案を拒んだ。
「………………………………………そ、そうか、わかった」
少しバツが悪そうに、アリスは答えた。
深呼吸で息を整え、踵を返してアリスは続けて告げる。
「しばらくは街にいるのだろう?良ければ、また私を訪ねてくれ。ではまた、イツキ」
「………おう、色々ありがとうな」
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アリスと離れ、樹はしばらくひとりで街を歩いていた。
「にしても、アリスって女の子、最後まで無表情なままだったな」
笑える話などしなかったにせよ、表情の変化に乏しい様はなんとなく違和感を覚えていた。そうゆう人間もいると言ってしまえば、それだけの話しなのだが。
ぐるりと、今一度街を見回す。
ここにあるのは人の生活。壊された形跡など微塵もない、ただ漫然とここに在り続けたであろう人の生きた痕跡だ。
「(戦争は100年も前に終わってる、それから先はずっと停戦状態……なのに、人間と魔族は友好な関係にはなってない………アリスの言う通り、一度根付いた観念は捨てられない……人種の違いによる迫害みたいなもんか……?)」
どこの世界でも、差別や迫害は生まれてしまうのだと思うと、少しだけ鬱屈な気分になってしまう。
そんなことを考えていた時のことだ、
どこからか、か細い声が届いたのは。
「……?なんだこの声、どこから……」
『あなたの脳内に直接語りかけています、と言えば満足でしょうか?』
「うひゃう!!!その声、リオンか!?」
『ご明察です。説明は省きます。質問も認めません。一先ず、人の視線がない場所への移動をお願い致します。人の目につかない場所であればどこでもかまいません』
「………人目につかないって、なんでそんな」
『質問は認めません。お早くお願い致します』
その言葉を最後に、頭の中にリオンの声は響かなくなった。
「なんなんだいったい…………とにかく、人目につかないとこ……」
それから5分ほど歩き、街から少し外れた場所に来た。木々が生い茂っているため、外からの視界は不明瞭なはずなので、一応人目がない場所ではある。
「……で、一応人目のないとこに来たけど、どうすればい────────いんだ…………………あ?」
プツリと、樹の声が途切れた。喉から発せられる声も、空気を伝って耳に届く声も、それどころか、あらゆる五感全てが途切れた。ほんの一瞬、0.1秒にすら満たない時間だったが、漠然と「途切れた」という感覚だけが残ったような、そんな刹那があった。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ただい………ただいま!?」
一瞬の出来事すぎて、気づくことすらできなかったが、樹はいつの間にか魔族の城に戻っていた。戻った自覚すらないままに。
転生して目覚めた時と同じ、知らず知らずのうちに豪奢な椅子に座りながら、昼間と同じ光景を見ていた。
目の前にはリオンの姿。謁見の間というものに値する場所なのか、妙に開けた部屋の中央には赤い敷物が敷かれ、壁や窓に煌びやかな装飾はあるものの、余分な置物などは一切ない、質素で冷めた空間。
動揺を隠せないまま、樹は問う。
「なに、な、何したんだいったい!?あの街からこの城までだいぶ離れてたはずなんだけど、どうやって……なに、なにした!?」
「ひとつ、現状、貴方様の魂はその椅子と深く結びついています。"魂の楔"とでも言いましょうか。今後、貴方様が絶命した際には、その椅子に還ってくるということになります。その説明は、実際死んだ際にでも」
「……俺の魂が、この椅子に!?」
「ふたつ、現在貴方様と私は、特別な共有関係にあります。感覚の共有もそのひとつ。貴方様の見たもの、聞いたもの、その全てを私も知覚することができる状態です。詳しい話はまた後ほど」
「待て待て待て待て!なにひとつ説明しきれてねぇじゃんか!!めんどくさがりかお前!!」
「みっつ」
「聞いてねぇし……!!」
「先に説明した魂の楔、及び私との共有関係。これにより、限定された条件下ではありますが、貴方様を強制的に楔の椅子へ戻すことが可能となっております。その条件につきましても、また後ほど」
「……………………つまり、ワープしたってこと?」
「端的に言えば、はい」
「……それは、魔法とか魔術的な、ファンタジックな何か?」
「はい」
「つまり、この世界では魔法が使えるってこと……!?」
「はい。説明していませんでしたでしょうか?」
「初耳だよッ!!!!」
転生。不死。美少女。魔王。魔族に王族。おまけに魔法。召喚だの魂だの、薄々「もしかして」と思ってはいたものの、本当に魔法があるなどと、フィクション好きなリアリスト寄りの樹は思いもしなかった。
異世界転生のフルコース、テンプレート盛り盛りの満漢全席。もはや疑いようもなく、自分は異世界に来たのだということを思い知らされた。
目眩がするほど……というよりも、実際に目眩を起こしながら、たったの1日の間に起きた出来事と情報量に耐えきれず、ズルリと椅子から崩れ落ちる樹なのであった。