ep.1「流転するリインカーネーション(3)」
異世界に転生してわかったことがいくつかある。
樹はリオンから聞いた話を統合し、改めて自身の置かれた状況を鑑みる。
その1。
天羽樹は元いた世界で絶命し、命を落とす寸前の状態でこの世界に転生した。正確には転生と言うよりも転移に近い。もっと詳しく言えばこの世界で再構成された。元の世界で保存したセーブデータを、この世界でロードしたと考えればなんとなく理解はできる。
つまりは、元いた世界と、今ここにいる天羽樹は同一人物。細胞のひとつから、魂の一片に至るまで、寸分違わず天羽樹本人なのだ。まだリオンの言葉を信じ切ったわけではないが、少なくとも、今の自分が天羽樹であるという自覚がある以上は問題はないだろう。
その2。
天羽樹は不死になった。
流石に、こればかりは試しようもないし信憑性も薄い。いきなり不死になったと言われ、じゃあ試してみようとナイフで喉を突き刺すバカなどいるわけもない。実際死んでみなければ詳しいことはわからないとリオンにも言われたので、とりあえずは保留。
その3。
この世界に転生する際、リオンは「召喚した」と言っていた。つまりは人為的なもの、手を加えることなど容易であったということだ。そんな折に、リオンに言われた。
「貴方様の体には、先代様の魂が宿っています」と。
先代、つまりは樹が転生する以前まで即位していた魔王。どうゆうわけで先代魔王の魂を埋め込まれたのか、先代魔王がなぜこの場にいないのか、詳しい話をリオンはしなかった。「まだ早い」とだけ告げて、話を切ってしまった。
そんな、諸々の話を聞いた上で、樹は城の外に出た。少し外の空気を吸いたいとだけ伝え、その後リオンはついてくることもなく、易々と外に出してくれた。
今は城の裏手にある森の中。樹は緑に囲まれた空間の中の木に寄りかかっていた。
「どうなってんだ、」
両手で顔を覆いながら、呟く。
「なにがどうなってんだよ、いったい……!!」
動揺していた。しないわけなどなかった。自分の死を知り、見ず知らずの何者かの魂を埋め込まれ、果てには不死になったと嘯かれる。正気でなどいられるわけはない。動揺しないわけがない。そんな突拍子もないフィクションと現実の狭間の出来事を叩きつけられて、普通でいられるわけがない。
「…………役者やっててよかった、本当に」
樹は一先ず、リオンの前では動揺を伏せた。この世界のこと、自分の置かれた状況、その全てを知るために、リオンに脅迫まがいのことをしても逆効果だと悟ったからだ。
だから樹は平気なフリをして、動揺していない演技をして、滔々と話すリオンの言葉を飲み込んだ。それをゆっくり噛み砕いて、自分なりに理解をして、ここに至る。リオンに演技がバレていようといまいと関係はない。話は聞けた。自分の状況もなんとなく理解できた。それだけで十分だった。
全てを鑑みた上で、樹は冷静に現状を批評する。
ふざけている、と。
「死んで、生き返って、不死になって、魔王になれなんて言われて………どこまでもふざけやがって……………なんで、なんで俺なんだよ…………」
天羽樹には夢があった。やるべきこともやりたいこともあった。それら全てを知らず知らずのうちに放り投げられ、何も知らないままに新天地に放り込まれた。こんな身勝手を納得できるわけもない。
立っている気力すら失い、青々とした地面に座り込む。顔を上げてみると、そこには大きな空が広がっていた。太陽はひとつ。雲は白。空は青。異世界にきても、空も宇宙も大して元いた世界と変わりはないらしい。眩しい木漏れ日に照らされながら、俯いて樹は弱音を零す。
「…………どうすりゃいいんだ、爺ちゃん」
「………誰かいるのか?」
そんな声が、響いた。
天羽樹にとって、それは運命とも呼べる邂逅だった。それを知らず、樹はその少女の姿に見惚れてしまう。その先に待つ宿命を知らず、呆然とその姿を見つめていた。
彼女の名はアリス。
──────この世界に選ばれた、勇者のひとりだ。
*********************
肩くらいの長さまで伸びた金色の髪、翡翠色の眼。そんな美貌に目を奪われた後に、視界の端に映ったのは鎧特有の金属光沢。
視線を落とすと、その腰に身につけてあったのは、
「剣……?」
「……?別段めずらしいものでもないだろう。ところで、なぜキミのような人間がこんなところにいる。ここは魔族の領地だ。早くここから去るぞ。私が家に送り届けよう」
「まっ、ちょっと待って!引っ張んなって!」
「…………もしかしてキミも、"そちら側"か……?」
「そちら側?………って、どちら側だ……?」
「そうならそうと言ってくれ。失礼をしたな」
「あ、おい!ちょっと待てって!」
彼女の言葉を反芻する。魔族、そちら側……魔王になれという言葉を聞いたときからもしやとは思っていたが、いまいち確信には遠い。
だから、樹は立ち去ろうとする少女の手を掴んで引き止めていた。
「少し、話を聞きたい。この世界のこと、魔族のこと……それに、人間のことも」
その出会いは偶然だったのか。必然だったのか。樹には知る由もないことだ。ただひとつだけ、いつかの未来で樹は確信することになる。
────この出会いこそが、全ての始まりだったのだと。