ep.2「純血のミックスブラッド(8)」
「魔獣退治も終わったことだし、そろそろ帰りますかね」
「さっきの子供は?」
「村長のとこに預けた。ショックで気を失ってたみたいだが、まぁ大丈夫だろう。近くを探索したが他に魔獣はいないみたいだし、ともかく今はさっさと帰ってコイツをバラすぞ」
「バラすって?」
「そりゃあもちろん刻んで解体して中身を見るのさ」
「何のために!?」
「出所を知る為だ。……まぁどこから来たかはだいたい想像がつくがな。どっこいせっと」
ユースは魔獣の首根っこを掴むと、そのまま勢いよく魔獣のでかい体躯を肩に担いだ。
「ワーオ、力持ちー」
「この程度魔術を使ってりゃあ誰でもできる。帰るぞ坊ちゃん」
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「おかえりなさい主様、ユース。おや、随分な収穫のようですね」
「とりあえずコイツをバラしてくる。晩飯は少し遅れるが、我慢してくれ」
魔獣を担ぎながらユースは城の奥へと消えていく。よもやあの魔獣が今日のディナーになるのではないだろうかと戦々恐々とした気持ちを飲み込み、樹はリオンに問いかける。
「なぁリオン。魔獣ってなんだ?」
「魔獣というのは魔力を込めて生成された人工生物のことです。主様にもわかりやすく例えるのであれば、ギリシャ神話に出るキマイラという生物が近いでしょうか。まぁ、あれは自然的に生まれた生物ですが」
「色んな生き物を組み合わせて作った生物ってことか?何の為に?」
「厳密に言えば、特定の生物の長所が発現するように遺伝子を操作して生んだ混成獣と言った方が近いですね。複数の生物を継ぎ接ぎしたのではなく、複数の生物をひとつの遺伝子に落とし込んで生んだという方が正しいかと。……何の為に、と言われると、まぁ、主様が考えている通りです。動物兵器として、魔獣は遥か昔に生み出されました。魔獣は遠隔から特定の波長の魔力を送り込むことで操ることができる兵器です。他にも利用方法は様々ですが」
「…………つまり、ユースも言ってたけどどこかの誰かが魔獣を使ってあの村を狙ったってことだな。それこそ何の為だ?何が目的で……」
「葬りたい誰かが居たのでしょうね。でなければ、わさわざ魔獣を駆り出すことなどしないでしょうし」
「……リオンちゃーん。澄ました顔してるけど、どうせどこの誰がなんでこうしたかもわかってるんでしょー?『図書館』とやらの力でさー?」
「……………ハァ。以前も申し上げましたが、『図書館』に記録があってもそれを読むのに時間がかかります。……それに、」
「それに?」
パタンと読んでいた本を閉じ、樹に視線を配りながらリオンは言う。
「事件の黒幕を最初から教えては、面白くないでしょう?」
「人の命がかかってるんだから面白がらないでもらえます?」
その後樹は、変なところで頭のネジが飛んでいるリオンを1時間ばかり説教したのだった。
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「ユースー?ユースさーん?どこー?」
お腹が空いた樹は城の中でユースの捜索を始めた。
この城に、この世界に転生してはや1週間が過ぎようとしている。だだっ広い城の中を空いた時間で散策することを何度かして、今では城の構造を概ね把握している状態だ。
しかし、
「ユースのヤツ、部屋にも厨房にもいない。……となると、」
今樹が居るのは城の入り口から広がる広間。その横合いにある扉のひとつを開くと、どうにも陰鬱とした雰囲気が漏れ出ている部屋がある。それもそのはず、その部屋の隅にはいかにも不気味な地下へと続く階段があったからだ。
階段の下、地下からは冷蔵庫の中にでも入ったかのような不思議な冷気が肌を這う。しかし、ただ寒いわけではない。体を冷やすだけでなく、肝まで冷えるような悪寒が体にまとわりつく。
ごくりと生唾を飲んで、階段の手すりに手をかける。
「坊ちゃん?」
「びゃああああああッ!!!!わー!わーーーー!!やめろやめろ来るな馬鹿野郎こちとらお祓いの修行をしたこともあんだぞやんのかコラァ!!!」
「落ち着け坊ちゃん。俺だよ俺」
「…………………あ、ユースか。なんだよ脅かすんじゃねぇよ馬鹿野郎………。それで?お前はここで何やってんだ。お腹減ったぞ」
「もう少しで終わるから部屋かどっかで適当に待ってろ。ちょっと道具が壊れたから取ってくる。……………くれぐれも、地下には入るなよ?」
それだけ行って、ユースは城の外へと出てしまった。
ひんやりとした地下の空気を感じながら、眼下へと意識を向ける。
「……行くなと言われると、行きたくなるもんなんですよね。男の子ってのは」
好奇心は猫を殺すなんて諺を思い出しながら、樹は恐る恐ると地下へ降りる。
20段程ある階段を下りきって、地下に広がる空間を見る。肌にまとわりつく寒気が増していく一方で、目の前にある空間は想像していた程不気味なものではなかった。
上階の明るく美しい城の様相とはまた違う雰囲気だが、壁も床もしっかりと丁寧に整えられていた。上と同じように石造りではあるものの、石を積み上げて組み上げた上とは違い、おおきな石を加工して作ったといった様相が見て取れる。装飾されてはいるが、打ちっ放しのコンクリートのような感じだ。
陽光が射さない代わりに、広大に広がる廊下には無数の燭台が灯っていて、昼間とそう変わらない明るさが保たれている。……それでも寒気を感じてしまうのはおそらく、この奥にあるもののせいだろう。
「とは言っても、想像以上に広いなここ。アリの巣みたいに廊下が色んなとこに広がってる。この感じだと城の中にも出入り口がいくつかあんのかね?」
「その通りだ」
「ぎゃあう!!!びっくりさせんなユース!!話しかける時はちゃんと声をかけろ!!」
「まぁ声をかけても驚いたと思うが。坊ちゃん意外と怖がりか?ん?」
「ええい俺のことはいいんだよ!……つーかユース。地下に降りるなと言っておいて怒んないのか?」
「まぁあれだ、自己責任ってやつだ。入るのも探索するのも勝手だが、俺なりに気を遣ってやったんだよ。晩飯が食いにくくなると思ってな」
「……その言葉でだいたい想像がついたよ馬鹿野郎」
「それじゃあさっさと上に戻んな。あと10分くらいで行くから」
スタスタと歩くユース。
………そして、その後ろをついていく樹。
「いやいや、なんでついてきてんだ坊ちゃん」
「好奇心は猫を殺すと言うが、蒔かぬ種は生えぬとも言う。知れるもんは知れるうちに知っといた方が良いと思ってな」
「何言ってるかわかんねぇが、ちゃっかりマントにしがみついてんじゃないよ。まったく、後悔しても知らんからな」
しがみつく樹と共に、ユースは地下の奥へと進んで行くのだった。
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「おぅえ」
「言わんこっちゃねぇ」
えずく。と言っても実際に吐き気を催しているわけではなく、泥に塗れた落ち葉を見た時のような感覚。途方もなく気持ちの悪いものを見た時の条件反射のようなものだ。どちらにせよ晩飯から味が損なわれるのは変わらないが。
目の前にあるのは魔獣の死骸。
頭はすっぱりと切断され、胴体からは手足も切り離されて達磨のような状態に。手近にある石の台には、切り裂かれた腹から取られた臓物が綺麗に並べられている。
「なんだか監察医みたいだな」
「カンサツイ?んだそりゃ。まぁいい、とりあえず出所はだいたい掴めたぞ。まだ確定じゃあないが、現時点でも確信は持ててる。ついでに言えば、こいつを取り除いて見れば確定だ」
「……ん?なんだこりゃ。金平糖みたいな、石?」
ユースが指差す場所には魔獣の胴体、その断面から見える頚椎がある。その頚椎に埋め込まれるように、或いはそれを起点に骨や肉が作り込まれたように、その中には大きさ3cm程の金平糖のような結晶体があった。
「魔獣ってのはこの魔力の結晶を元に造られる。魔獣を殺すなら頭を撃ち抜くかこいつを壊すかのどっちかだな」
「……で、これがなんだって?」
「魔獣を生み出すにはまずこの結晶を作るところから始めなきゃならんわけだが、この結晶は造り手のクセみたいなもんが顕著に出るんだ。というか、魔獣自体に造り手のクセが出る。やたら几帳面だったり、やたら雑だったり、造る奴それぞれに特徴があって、それを誤魔化すっつーのはできないもんなんだよ」
「ああ、プログラマーの書くコードにクセがあるとかそんな感じか」
「坊ちゃんはたまにわけわからんことを言うな……。ともかく、ある程度バラせばある程度の出所に予想はつく。この結晶を分析するのはそれに確信を持たせる為だ」
ユースが手に持っていた木の枝を魔獣の頚椎に当てがった直後、手首の木のブレスレットが光る。
「それは?」
「結晶は魔獣の要だからな。大抵の魔術師は、出所を探られないようにここに結界やら呪いやらを仕込むんだ。んで、この枝はそれを壊す破邪の枝だ。ああ坊ちゃんは触るなよ、俺はエルフだから大丈夫だが、人間が生身でこの枝に触ると呪われるからな。腹から無数の枝が飛び出してくるぞ」
「怖いこと言うんじゃねぇよ……」
結晶に枝を当てがってから数秒後、ガラスが砕けるような音が部屋に響く。
「さて、これで呪いの方は砕いた。あとは……」
破邪の枝を置いて、ユースは目を閉じて素手で結晶に触れる。再び手首のブレスレットが光を放ち、ユースは目を開く。呆れるような表情をして。
「…………予想通りだ」
「出所はわかったのか?」
「さっきも言ったが、中身を見た時からだいたいの出所はわかってた」
ひとつ息を吐きながら、ユースは触れていた結晶を握り潰す。
「壊しちゃうのかそれ」
「これがあると自己再生するヤツもいるからな。念の為だ」
「それで、この魔獣はどこ産のやつだったんだ?」
「……まず、坊ちゃんも見てわかると思うが、この魔獣の腑は異様に綺麗だ。筋肉や血管まで、身体の内部に渡ってやたらと几帳面に造られてる。それに、魔獣の元になってる結晶も丁寧に魔力が編まれてた。魔獣を造るのもタダじゃない。それなりの素材が必要だし、素材を買うにも金が必要で、ここまで丁寧に造り込むにも技術も必要だ。つまり、これを造ったのは相応の技術を持ってて金に恵まれている奴ってわけだ」
「どこぞの金持ち魔術師が道楽で造ったとでも?」
「言っただろう、魔獣は兵器として生み出されるもんだ。だから、コレはただなんとなくで造ったようなモンじゃない。もしもの時を見越して造られたモンだ」
「……もしもの時って?」
「魔族の殲滅だよ」
低く、重い言葉が樹の心に落ちていく。
「今回の魔獣騒ぎの被害者は全員魔族だ。ここらへんで魔族を恨んでたり嫌ってたりする奴なんて、思いつくのはひとりくらいしかいないだろ?」
「……………………まさか、」
「………言わずもがな金はあるし、ああいう奴の近くにはお抱えの魔術師がいるもんだ。……このやたらと丁寧な造りを見ればわかる。環境がしっかりと整ってた証拠だ。ただの一個人がここまでできるわけがない。技術を持った複数人で手をつけてたからこそ、こんな小綺麗な魔獣が造れたんだろうさ」
ダンッ!!と、石の壁に拳を打ちつける。
言い知れない不快感と怒りが、胸の中で膨らんでいく。
「あのクソ野郎…………ッ!!」
「………御察しの通りだ、坊ちゃん」
その憎悪を露わにするかのように、叩きつけた拳を血が滲む程に握り込む。樹の手から滴る血を眺めながら、自らを宥めるように深呼吸をしてユースは告げた。
「これを造らせたのは間違いなく、クーガリアの王様だ」