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魔王で始める異世界侵略。  作者: 久我わかなり
第1章「魔の巣食う世界」
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ep.2「純血のミックスブラッド(7)」

 



 あれから3日が経った。

 この3日間で、とにかくまずはこの国の情勢を知ることに努めた。



 クーガリアとディンブル。ふたつの国は停戦協定を結んでいるものの、互いに深く干渉しあうことはなかった。それに加えて、ディンブルの経済状況はクーガリアに比べると相当悪い。衣食住に困るほどではないものの、今後のことを考えると、そう遠くない未来には食糧難に喘ぐことになるのだという。


 その危機を察したクーガリアの共存派の人々は、少しばかりではあるがディンブルとの交易を始めたのだという。それで状況が改善されたわけではないが、少なくとも交易を始める以前よりは、使える物資、食べられる食糧の種類も増えたらしい。





 ……それでも、根本的な解決には至っていない。

 将来的な食糧難を防ぐためには、小規模な個人の交易ではなく、国と国レベルの交易が必要となってくる。


 その為に必要なのは"立場"だ。現状、ディンブルの王である樹と対等の立場……即ち、クーガリアの王とそういう話をつけなければならない。しかし、現クーガリア国王は反共存派。そんな話などとりつけられるわけもない。


 だからこそ、王を挿げ替えるための革命を起こす必要がある。

 大々的なものでなくていい。戦う必要もない。クーガリアが内乱を起こそうものならそれこそ本末転倒だ。必要なのは民意。現国王が国民に不利益を齎す存在であるという意志を持たせることさえできれば、魔族に対するクーガリアの思想を、そしてディンブルの未来を変えることができる。





 ……はず、なのだが。






「やることが多い」






 樹は広間の椅子に頭から倒れこむ。






「あのクソ王のご機嫌とりしながら隠れて共存派と話を進めてディンブルの情勢を鑑みながらどの物資を重点的に交易するか考えつつどうやって国王を引き摺り下ろすか策を練らなきゃいけないどころかそもそもとしてまずディンブルの王として信用されなきゃディンブルの交易もクソもないっていうかマジやることが多すぎる」




「いくら主様が役者であろうと、さすがに複数の役を演じ切るのは無理がありますか?」




「役者"見習い"な。……台本通りに芝居するのとは違って、これは台本も筋書きもない話だ。生きてる間に学んだ知識でやりくりしちゃあいるけど、それがいつ底を尽きるかもわからんし、いつ限界がくるかもわからんし……生きてる間に共存関係を結べられるかも、正直わからん。あ、死なないんだっけ。てか結局俺の不死とやらは本当に機能してんの?」




「確かに、ただのいち高校生が国を動かすなど、それこそ物語のような話ですね」




「どうすることが最善なのかもわかんなくなってきてるし、あのクソ王すら本当に悪人なのかわからなくなってきた。……いやまぁ、魔族からすれば目の敵にするような奴なんだろうが」




「その視点こそ、私達が望んでいたものなのです」




「は?」




「人間としての視点と、魔族としての視点、その両方を備えた存在。我々はそれを望んでいました」







 リオンは手元で広げている本から視線を外すことなく続ける。






「かの王は魔族からすれば悪人とも言える人間です。しかし、クーガリアの国民からすれば()()()()()()()()()()()()。何せ、停戦協定を結んで以後、前国王が死没して以降不安定だった時期の国を安定させていた事実がありますから」




「……そう考えると、良い王様ではあったんだろうな」




「ええ。ですが、良い人間とは限りません。実際、国が安定してきてからは怠慢の限りを尽くし王としての責務を果たされていませんから。故に、国民からの支持率も年々下がっておりますし。端的に言えば、怠慢癖の傲慢クソデブクソ野郎」




「お口が悪いぞリオンちゃん」




「放っておいてもいずれ失墜するであろう身ではありますが、放ってはおけません。例えクーガリアの王が変わったとしても、魔族との架け橋……主様と同じ志を持つ者が即位しなければ意味も成しませんからね。……それに、彼が国王である間に"事故"が起こらないとも限りません。例えば、彼を誑かすような者が現れれば」




「誑かすって?」




「魔族の殲滅。とか」






 そんなことを、淡々と告げる。






「今クーガリアと戦争すれば、間違いなくディンブルは敗北します」




「魔術を使えてもか?」




「魔術を扱えるのは人間側も同じことです。もちろん質で言えば魔族の方が数段上ですが、人海戦術を取られれば勝ち目はありません。現在のディンブルには、戦士は少ないですので」




「……はぁ。本当にやることが多いな」




「それが王というものです」




「まぁ、やると言ったからにはやり遂げますよ」






 深呼吸をして、体を起こす。






「そういえばリオン、半魔って知ってるか?」




「私に知らないことがあるとでも?」




「すげぇ頼もしいこと言うな」




「半魔というのは、文字通り半分魔族の人間です。半身半魔、とでも言えばよいでしょうか」




「遺伝子がどうこうって聞いたけど」




「ええ。人間としての遺伝子が魔素によって変異し、魔族により近くなった存在が半魔です。見た目は人間そのものですが、魔術に関する素養に関しては魔族と同等、ないしそれ以上のものに。肉体や血液、根本的な細胞に至るまで純然な人間のものではありますが、その一部が魔族として変質した存在。純血にして渾血。それが半魔という存在です」




「なるほどね……半魔の人から直接話を聞いてみたいんだけど、なんか当てはあるか?アリスが知ってるみたいだったから昨日頼んでみたんだけど断られてさ」




「……それに関しては────────」




「おおいたいた!ふたりともちょっといいか!」






 慌ただしくユースが広間に顔を出す。エプロンを着けたまま。






「なんだユース慌ただしい。こっちは大事な話を……」




「使いの鳥から聞いたんだが……離れの町の方で、"魔獣"が出たらしい」




「…………………まじゅー?」






 *********************






「…………こいつはひどいな」






 樹とユースが訪れたのはディンブルから少し離れた場所に位置する森の中。そこには小さな町……あるいは集落とも呼べる場所があった。






「被害者の人……あぁ人じゃないか、いやまぁどっちでもいいや。被害者の人はどうなった?」




「生きてはいる。が、当分ベッドと仲良しこよしだろうな」




「そっか。生きてるならよかった」




「……つーかよ、坊ちゃん大丈夫なのか?」




「なにが?」




「そんな若い身空で、こんなモン見ても平気なのかって聞いてんの」




「え?」







 樹の眼下には惨劇の痕があった。生々しく、痛々しく、文字通りの爪痕と血痕、そして乾いた肉と皮が、夥しいほどに地面にこびりついていた。不慣れな人間が目にすれば、間違いなくトラウマになるであろうものがそこにはあった。






「ああ、うん。なんだろうな。平気ではない。胸の中がざわつくし、ムカつくし。でも、思ったよりも平気かもしれん。よくわからん」




「坊ちゃんくらいの年頃なら、こんなもんしょっちゅう見れるわけでもないだろうに。それに慣れようとして慣れるもんでもない。もしかして坊ちゃん、頭がトんでんのか?」




「平然と人のことをサイコ扱いすんな。……でも、なんか不思議なんだ。こんなの、テレビの画面越しでしか見たことがないはずなのに……似たような光景を見たことがある気がする。それも何度も………何人も」




「……詳しいことは聞きはしねぇよ」




「それはともかく、魔獣ってなんなんだ?アリスからちょろっと話を聞いたことはあったけど、やたら凶暴だとかなんとか……熊とかライオンみたいなもん?」




「まさか。そんななまっちょろい生き物と一緒にするもんじゃねぇよ。魔獣はなんでも喰らい、なんでも殺す生物……いや、この世界のあちこちで造られてる、制御可能な怪物のことだ」




「……制御、可能?ちょっと待て、造られたってどういう────────」




「お兄ちゃん」






 ビクリと、背後からの幼い声に驚いてしまう。

 振り返り、そこにいたのは幼い少年。おそらく、まだ10歳にも満たないような子供。もちろん、人間ではなく人間に似た魔族なのだが。






「どうした?ここは危な……いや危なくはないけど、あんまり近づいちゃダメだぞ?」




「お花屋さんでお花を貰ってきたんだ。特別なお花だって、譲ってくれた。……ここで魔獣に襲われた人、僕の友達だったんだ。僕にお花の育て方を教えてくれた、優しいお兄ちゃん」




「……そっか。その花はその人への見舞いか?」




「うん。でもどこにいるかわかんなくて。どこにいるか知ってる?」




「おう、モチのロンだ!………ユース、被害者の人ってどこにいるんだ?」




「息巻いて答えて人頼みかよ……たしかここの村長の……」






 どこか遠くで、悲鳴が聞こえた。

 木々を押しのけるように、草花を搔きわけるように、荒い音が森の中から響く。……それも、まるで真っ直ぐこちらへ向かってくるかのように。


 数々の悲鳴に混じって、ひとつの叫び声が聞こえた。どこかの誰かから、町中の人々に伝えるように。サイレンのようにけたたましく、その声を轟かせる。






「────────逃げろ、魔獣だ!!!」






 *********************







 その眼前にいたのは、紛れもない怪物だった。


 ライオンのような様相をしているが、それとは程遠い禍々しさがある。黒い体毛、赤黒い鬣、開いた口から鋭利な牙をギラリと覗かせ、その手足にはいとも容易く肉を裂き骨を砕いてしまうであろう大きな爪があった。


 そして、それをより良く使えるように、獲物をより容易く殺せるように備えられた異常に発達した筋肉。一目でその生物が危険であることを樹は理解した。檻の中にいる肉食獣を眺めるのとは訳が違う、圧倒的なまでの脅威が、死を齎す象徴が目の前に現れた。







「チッ、まだ潜伏してやがったか……!」




「おいユース!あいつって……!」




「さっき話したろ!平然と人を喰い散らかしちまうような怪物だ!どういうワケかは知らないが、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()




「何者かって誰だよ!!」




「さぁな!とにかくそのガキを連れて退がれ!あとはこっちでなんとかする!」






 ユースが袖を捲る。

 その手首には木の枝で作られたようなブレスレットがあり、それに埋め込まれた小さな石が光を発した直後、大きな木弓となってユースの手元に収まった。



 やがて、咆哮が轟いた。

 人の断末魔のようにも、獣の遠吠えのようにも聞こえる咆哮と共に、黒い魔獣が一直線に駆ける。


 ユースは臆することなく小さく息を吐き、弓の弦を引く。弓に埋め込まれた石が再び輝き、目の前の獲物を狩るために最適化された弓矢が魔術で生成されていき、その矢は、目にも留まらぬ速さで放たれた。



 ……しかし、






「……!!跳んで避けられた!?えらい性能が良いなぁおい!!」




「なんであんな重そうな身体で跳べるんだ!?」






 魔獣は樹たちの頭上を越え、樹の背後に着地する。瞬く間もなく再び地面を蹴り、真っ直ぐに進んでいく。殺すべき獲物の元へ。────────花を抱えた、少年の元へと。






「……クソ、今回の標的はそのガキってわけか……!!逃げろ、イツキ!!」




「…………!!!」






 反射的に体が動いていた。襲いかかる魔獣から庇うように、樹は小さな少年の体を抱きしめて覆い隠す。



 その刹那に、記憶があった。

 いつか、どこか、遠くない過去にも同じようなことがあった気がすると、樹の脳裏に記憶が過ぎる。そして、その直後にあった痛みを思い出す。






「(………なんだ、)」







 肉体への痛みではなく、心を引き裂くような痛みがあった。どうしようもない程の鮮烈な惨劇が、ノイズを伴って記憶の海に浮かぶ。経験したことのない過去が、体験した記憶となって現れる。






「(………………()()()()()()()()……!?)」











 ────────やがて、地面に刻まれた赤黒いシミを塗りつぶす様に、真っ赤な血が滴り落ちる。しかし、その身に痛みはなく、当然、樹が抱える少年にも傷はない。


 恐る恐る振り返る。

 そこには魔獣がいた。そのこめかみを矢で射抜かれ、魔術で生成された矢の鏃から鮮血を零す魔獣が。






「助、かったのか…………?」




「助かったんじゃない、俺が助けたんだ。大丈夫か坊ちゃん、そこのガキも」




「……あ、ああ。大丈夫。この子も。びっくりして声も出せないみたいだけど。……ていうか、どうなってんだこれ、お前のいる角度から撃ってもこうはならないだろ……?」




「魔術で作った弓矢だぞ?獲物を追うようにするくらい、エルフの中じゃあ子供のうちに習うことだ」




「エルフってのは物騒だなおい……ともかく、まぁ、助かった。サンキュー」




「いいさ。アンタを護るのが俺の役目でもあるからな」






 抱き抱えた子供を撫でて宥めつつ、ゆっくりと深呼吸をして、樹は言う。






「ごめん。腰抜けた。助けて」







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