ep.2「純血のミックスブラッド(3)」
「待て待て待て!正気かイツキ!?クーガリア王城に乗り込むなど!」
「乗り込むなんて大袈裟な。ただクーガリア国王とやらに謁見しに行くだけだ。なんにしてもまず相手の顔やら性格やらくらいは知っとかなきゃいけないだろ。それに、騎士団長のお前がいるならどうにかこうにかアポくらい取れるだろ」
「さっきの話を聞いてなかったのか!!現王は魔族の関係者とあらば容赦なく手を下すような奴だ!魔族に関しての研究をしている学者となれば、キミの身にも危険が……」
「なら、魔族に関しての研究をしてる学者、それだけじゃなければいいんだろ?」
「はぁ?」と言わんばかりにアリスは眉根を寄せる。
「安心してくれ。そういうのは得意分野だ」
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「騎士団長。こんな平時に何の用か」
「先達した通り、客人を連れて参りました。彼は……」
「二度も言わせるな。何の用だと聞いている」
国王の語気は荒い。あからさまに苛立っているという感じだ。
クーガリア国王にとっての職務は多いように見えて限りなく少ない。国の経営、管理などは別の者に任せてあり、国王手ずから書類仕事に触れることはない。各国との貿易や騎士団の運営諸々もそれぞれの担当者の仕事であり、国王が赴くのは気まぐれやよっぽど重要な場合のみ。
ならば国王の仕事は何なのかと言うと、
答えはどこまでも簡単で単純。"謁見"だ。
国民による国王への直訴、或いは王族関係者が招く関係者の歓迎など、それがこの国の国王にとっての唯一の職務と言ってもいい。むしろ、現国王がそうしたと言っても過言ではない。
面倒臭がりの怠慢癖、王族という立場に胡座をかき、無駄という無駄を他者に押しつけた結果に残ったのが謁見という仕事だ。それ故に、王族関係者からも疎まれ、国王はろくに仕事をしない傲慢な奴だと国民の多くからも嫌われている。そんな国王を自らの身を上げるために煽てる関係者も同じような目を向けられる。
だからこそ、皆が口を揃えて言うのだ。「腐っている」と。
苛立つ国王の声に気を荒だてることなく、手慣れた様子でアリスは言葉を紡ぐ。
「………彼は他国から来た学者、魔族の専門家です。是非とも、国王との謁見を望んでおり、」
「魔族の専門家だと……?そんな狂人を私の城に入れるとは、気でも触れたか騎士団長!」
「いやいや、そんな固いこと言わないでくださいよ国王様。柔らかいのはその腹の贅肉だけですか?」
あっけらかんとした様子で、樹は謁見の間に入る。
その立ち振る舞いは学者というにはあまりにふらふらとして不安定で、その態度と言動に、謁見の間にいる国王や近衛兵たちがぎょっとした顔をする。
「な、貴様……!!」
「無礼なっ!!貴様、この方をどなたと心得ている!?」
「国王様でしょ?国民に嫌われてて、王族の関係者の一部からも避けられてるってウワサの」
「バッ……イツキ……!!」
「ふざけるなよ貴様……!!アリス!!こんな者を連れてくるとはどういう腹づもりだ!!その無礼者を今すぐ投獄しろ。ここに来たことを後悔させてやる……!!」
「まぁまぁ、話は最後まで聞いてくださいって。国民に嫌われたり、他の王族に嫌われたり…………みんな、国王のことを何もわかってないただの愚か者だ」
嘲るような顔で、樹は続ける。
「魔族を忌み嫌う国王の話を聞いて飛んできたんですよ。他のバカ共はみんなわかってない。国王がしようとしてることの素晴らしさを。……魔族は人間じゃない、この世界にとってのただの異物。そんなもの排除して当然じゃないですか?違います?」
「……………」
「中には魔族と共生とかなんだとか、そんなことを宣ってる人もいるみたいですけど、そんなの家畜と布団を並べて寝ろって言ってるようなもんですよ?普通の人間ができることじゃない。魔族は人間よりも劣る存在だ。淘汰されて当然。だからこそ、私が赴いたのです……申し遅れました、私は魔族退治の専門家、イツキです。以後お見知り置きを」
わざとらしく、樹は膝を折って跪く。
樹が国王にした行動はただひとつ、同調すること。
アリスの話を聞く限り、国王は人との接触を最低限まで切り落としている。他の人々からも嫌われ、自身を持ち上げるのはその身を立てたいものばかり。
国王に心から同調している者は限りなく少ない。そう睨んだ樹が選んだ役が、『国王に賛同する反魔族派』だ。その身を立てたい王族関係者とは違い、樹には立場など関係ない。だからこそ、国王の気を引くことができる。より親密な、裏表のない心持ちを演出できる。
そして何より、長々と孤独を拗らせた国王は、理解者を求めているはず。
「…………その飄々とした態度は気に入らないが、わかっているじゃないか。他のものより、多少はな」
「(…………大当たりだ)」
役を崩さないよう息を整え、樹は畳み掛けるように言を放つ。
「ご理解いただけたのならなによりです。それでは早速と言うのもなんですが、できれば国王の意見をご教示いただきたく存じます。………あぁ、できればランチでも食べながら。お腹ぺこぺこで……」
「どこまでも無礼な奴だ。昼食の用意をしろ。こいつの分もな。他のものは皆持ち場に戻れ、話の邪魔をするでないぞ」
「………ありがとうございます、国王様」
頭を垂れながら、樹は誰にも見えないようにわずかに口を歪める。役者修行も捨てたものではないようだ。
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「な・に・を!考えているんだキミは!危うく投獄されるところだったんだぞ!?それになんだあの口ぶりは!国王相手といえど侮蔑するような話し方をしてどうする!バカなのかキミは!!」
「い、痛い痛い痛い!剣の柄で叩かないで!頭凹む!金属だから普通に痛いから!!」
国王との謁見を終え、現在はクーガリア城内にある騎士団長専用の部屋に居た。現騎士団長のアリスが少女であることと、アリス曰く、騎士団がクーガリアの中で随一の厳格な組織ということもあり、部屋の近辺の人通りはほぼない。
ゴンゴンゴンと剣の柄で頭を小突かれながら、樹は涙目で弁明を続ける。
「あ、あんな態度取ってたのも意味があるんだって!畏まった喋り方で魔族退治の専門家だーなんて言ったら逆に怪しまれるだろ?お前の言う通りなら、魔族の専門家自体がこの世界にとってはイレギュラーだ。なら、少し頭のネジがトんだ無礼な輩くらいの態度の方がちょうどいいと思ったんだよ!」
「だからと言って、腹の肉がどうこうまで言う必要はなかったろう!」
「だってあんなまんまるな腹見たことないブハァッ!!」
バゴーンと、鞘に納められた剣でフルスイングされて樹は地べたに転がった。
「………はぁ、まあいい。それで?キミから見た国王はどうだった?」
「…………アリスの言う通り、性根から腐った奴だったよ。タイマンで話してみてよくわかった。………アレは、心の底から魔族を侮蔑してる人間だ。救いようがないくらい、魔族ってもんを否定してる」
「だろうな。奴は昔からそういう人間だ」
「魔族に対する偏見を国の根底から変えるってなると、国王を引きずり下ろすしか道はなさそうだ。……ただの偏見程度で魔族を嫌ってるなら説得のしようもあったかもしれないけど、アレはどうにもできそうにない。あいつが抱えてるのは好き嫌いとか、差別とか、そういう次元じゃない。魔族って存在自体を、あいつはこの世界の生き物として認めてないんだ」
小一時間ほど国王と話をしてわかったことはそれに限る。あの国王が国王として即位している限り、この国の魔族と人間が共存できる道は開かれない。
「むしろ、今より酷くなる可能性だってあり得る。あの野郎、ディンブルに出入りしてる人間を公開処刑しようかまで言ってたぞ」
「そういう人間だということだ、今の国王は。……かつての国王……現国王の父親は温厚な人だった。魔族に対しての理解もあった、共存という道を模索し始めたのも彼だ。彼が亡くなってから、現国王の横暴が始まった。今でもあの人が生きていれば、きっと…………」
「…………………無い物ねだりしたってしゃーないだろ。感傷に浸るのはあとだ。今は、俺たちにできることをやるしかない」
「あぁ、わかっている」
剣を腰元に納め、アリスは踵を返して扉を開く。
「ついてきてくれ。これから私の友人……カイルと、『共存派』の人たちに会わせよう。もちろん、国王には秘密裏にだがな」