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2.盗られた


 ──────────

 

 結局、怖がり損だった。

 ドリームキャッスルではなにも起こらなかった。もしかすると、あの首長竜のようにあとから現れるのかもしれないけど。

 最後に、電池の切れかけたスマホで時間を見る。

 午前0時丁度だ。

 漸くミラーハウスの前に到着することができた。ひどい安堵感だ。

 ひとまずウサミがいればなんとかなる。

 彼のことは好きではないけど、安心感だけはある。

 

 そう思っていたのだが、ミラーハウスの前にウサミはいなかった。

 

 彼の性格から、すぐに俺を出迎えて終わるのだと思っていたのに。そう覚悟をしていたのに。

 狼狽えて辺りを見ると、ミラーハウスの扉に光る文字があった。

 今までの看板と同じ蓄光塗料で書かれたらしいピンクの文字は、ゴールにて待つ、と書かれてある。

 

 素直に入ることにした。

 

 待たせて変なことをするかもという不安もあるが、躊躇せずに入ることができたのは、ミラーハウスが結構好きだったからだ。

 まるで、自分が万華鏡の中に入っているような、そんな非日常感がとても好きだからだ。

 

 ミラーハウスに入り、思わず目を閉じた。

 夜闇に慣れた目に、光が痛いほどに眩しい。

 ここのミラーハウスはとにかくファンシーさを出すために過剰にキラキラとしているから、余計に眩しかった。

 目を慣れさせてから回りを見る。

 特になんの変わりのない、いつものミラーハウスだ。

 

 マスコットキャラクターのウサギが、入り口で注意換気を出している紙が貼ってある。

 黒でおおきく"まよったらみぎてのかがみにさわりながらあるいてね!"

 ところで、俺の記憶違いでなければ、このような張り紙は今まで見たことがなかった。

 つまりこれも彼の手によるものなのだろう。

 

 しかし、なんのために?

 このミラーハウスのゴールは中央であり、その回りは浮き島だ。地繋ぎでないミラーハウスで、こんな助言を本気にする人なんているんだろうか?

 ひらがなというところが尚更引っ掛かった。

 

 不思議に思いながらもミラーハウスを進む。

 入り口に入ると、小鳥が爽やかに鳴き出した。

 チチチ…。ピヨピヨピヨ…。

 軽妙な音楽が鳴り出す。

 一歩一歩足を踏み出す。天井や、行く先々の壁や地面に、散りばめられた宝石のようなネオンが光っていく。

 ミラーハウスは好きだ。好きだった。

 だが、機械的な音楽と、一人きりで挑むこの状況に、段々と恐怖がわいてくる。

 なにもない通路と、ガラスのはまった部分と、鏡の部分とがあるが、好きであっても得意ではない。

 曲がりくねり、袋小路に迷うこと多々、ガラスに突っ込みそうになること多々あり、進めど進めど一向に進んだ気はしない。

 

 次第にわずかに感じた楽しさが改めて恐怖にそまっていく。

 

 焦ると余計に判断がつかなくなる。

 

 時間が少しばかり経っただろう。

 背後で、軋む音が聞こえた。

 扉の開いた音だ。

 入り口の鳥がピヨピヨと囀ずる。

 

 心臓がどくりと跳ねた。

 

 背後にちらりと見えたものに血の気が引いて、必死で次の通路を探った。

 

 血まみれの白い足と、首長竜が入ってくるところが見えた。

 

 これがすべて彼の仕業だとしたら、何故こんな意地悪をするのだろうか。

 俺はちゃんと、素直に、彼の元に向かっているというのに。

 恨み言が、切羽詰まった思考の裏側で必死に叫んでいた。

 

 二人を見ないように見ないように前進しているが、たまに、鏡の反射かちらりと見えるときがある。

 俺の姿はまだ見えないのか、二人は思い思いにうろうろとしている。

 あそぼぉ、あそぼぉ、と首長竜は声を出していた。

 

 あそぼぉ、あそぼぉ、ヨコセ!ペタペタペタ…

 

 涙が出そうだ。

 

 それでも、迷いながら進んだ意味はあった。

 どうにかゴールにたどり着けたのだ。

 

 開かれた扉があり、近くに看板が立てられている。

 飽きもせずピンクの蛍光塗料で"ゴール!お疲れさまでした"

 とたんに途方もない安心感が涌き出た。

 ああ、何で俺はウサミの元から離れたいと思ったのだろう?ウサミの元にいたなら、こんな怖い思いはしなかったのに。

 そう思ってしまったからか、体の力がいきなりがくりと減る。

 意識がぐらりと揺らぐ。

 

 貧血だろうか?

 

 しかし構ってはいられない。

 体がぐんっと軽くなった。

 あとはウサミの元に行くだけだ。

 早く、彼の元に行かなければ、あの二人に見つかってしまう。

 

 扉を潜ると、満面の笑みの男がいた。

 ウサミ。

 この遊園地のスポンサーであり、謎の研究者であり、事の全ての黒幕。

 白衣の彼は腕を広げていて、俺の体は無意識に彼の腕の中に入っていこうとする。

 

 違和感に気がついた。

 妙に視線が低い。

 伸ばした腕が、小さい。

 

 「おかえり!よかった、心配してたんだよ!」

 

 抱き締められた。

 俺は、まさか。

 彼の腕から慌てて逃げ出して、ミラーハウスにとってかえそうとした。

 

 「ウサミ!離せ!」

 

 ウサミは俺を逃がす気はないらしい。

 腕を掴まれ、抱きつかれたままだ。

 開け放たれた扉から、ミラーハウスを見た。

 間違いない、俺は彼から抜け出てしまったのだ。 


 俺の入っていた体を見ると、丁度あの血まみれの子供が入っていくところだ。

 さめた色のぼけた像が、子供の体から抜けて、倒れた体にぴったり染み込んでいく。

 

 血まみれの小さな肉体が地面に崩れ落ち、俺の体だった彼はすくっと立ち上がると一目散にミラーハウスの迷路内に戻った。 

 

 血の気が、引いた。

 

 「……体が盗られた!」

 

 「そんなことどうだっていい。君がいないせいですごく寂しかったんだ。僕たち一番仲良しだったのに、どうして逃げたの?」

 

 「どうだってよくない!体が盗られたら、あいつはずっと魂のままだろ!」

 

 彼が帰られないなら、ここに戻って来た意味は無い。

 

 俺はウサミの手によりこんな姿にされてしまった。

 こんな魂だけの存在に。

 ウサミは心底不服そうに口を曲げた。

 

 「気付かなかった?あれが"あいつ"だよ、ユウキくん。もう体ならあるでしょう?」

 

 「あれが?嘘つくな、彼は大人だったじゃないか!」

 

 ウサミは大人が嫌いだ。

 

 俺が体を借りた彼は大人だった。

 あのとき何かの拍子で魂が抜けてしまったらしく、この場所から逃げたかった俺は、抜け殻の彼の体を奪った。

 ウサミは大人相手には萎縮して、対面すると一瞬全ての思考が飛ぶから、逃げるのに丁度よかった。 

 

 罪悪感が募っていく。

 何の罪もなく、ただ遊びに来ただけなのに体を奪われて、こんなところで魂だけの状態で、一年もさ迷わされた。

 俺と同じだ。俺が彼にそんな仕打ちをしてしまった。なのに、体を奪われてしまったんだ。

 

 「そうだよ。だから、魂のままじゃあ可哀想だから、あの人も詰め込んであげたんじゃないか。…君には少し怖かったかな」

 

 「あの、子供に?でも、そんな…大きさが違うのに入りきるわけないじゃないか」

 

 ウサミは微笑んで首をかしげた。

 

 「何故?君は大人の体に入られたのに」

 

 「入れたけど、でも…そんなことできるのか…」

 

 そうならそうと早いこと言えばよかったのに。

 そうしたら、アクアツアーのところですぐに彼に体を返せたんだ。

 

 恨み辛みを込めて、ウサミの腹を一度殴った。

 

 しかし、そういうことだったなら話は早い。

 それならば、アクアツアーの化け物の件にも納得はつく。

 そもそも彼らはお化けではなかったということだ。

 

 俺たちは今、魂だけの存在。

 今の状態が本当に魂と呼べるのかはわからないが、物には触れても、本質的に肉体がないから血も汗も流れることはないし疲れもしない。

 彼も、あの首長竜も、ウサミに成形された肉の殻に入っていただけだとしたら、お化けじゃない。

 

 俺のいない間に、この遊園地に俺の仲間が増えていたことに、胸が締め付けられるような悲しみを感じた。

 俺は一生ここから出ていってはいけないのだ。 

  


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