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1.rabbit hole


 現在、夜の11時丁度。

 充電の危ういスマホを尻ポケットにしまい、少し早くつきすぎたか、とため息をついた。

 こんなことならもう少し遅く出てもよかった。最後にテレビでも見てからくればよかったかもしれない。

 

 目の前で、静まり返った遊園地が寂しげにたたずんでいる。

 

 裏野ドリームランド。

 

 山中の遊園地であり、子供がいなくなると度々噂されるこの場所にやって来た。

 

 午前0時ミラーハウス前で。 

 それがウサミとの約束だ。

 バイトから帰ってちょうど、彼からミラーハウスで待っているとメールが来た。

 あろうことか、来ない場合は俺の魂と同じだけ大事なものを無茶苦茶に壊してしまうと脅し付きで。

 冗談じゃない。まして夜のドリームランドに、と思ったが、どうしても見捨てることはできないので仕方がなかった。

 

 券売機のある入園口は鎧戸が閉まっている。

 遊園地の周りはつるつるした高いコンクリートの壁で覆われており、ここを上ったりするのはとても難しいだろう。

 バカなやつらは噂を聞き付けては肝試しにここに来ているみたいで、手にしていたライトを向けると、壁には下手なラクガキがいくつも残されていた。

 

 入り口の横の壁には、ラクガキに混ざって、ピンクの蓄光塗料で描かれたマスコットのウサギが、従業員用入り口を指差している絵が描いてある。

 rabbit hole。

 ここから入れということなのだろう。

 

 扉に手をかけてみればするりと開いた。中は当然暗いが、外から鎧戸越しに月明かりが入っているので案外視界は悪くない。

 先を照らしながら入園口の中程のところに来たとき、背後の扉から鍵のかかる音がした。

 急いで駆け寄り確認するが、鍵はすでに閉まっていた。

 

 確認するが、この遊園地は周りをコンクリート壁が囲っていて、逃げ場はない。

 否応なく閉じ込められたことに胸がどくりと跳ねたが、どうにか中に目を向ける。

 中は開園していた時と変わらず、綺麗だ。

 普通は中に入れないんだから当然だけど、外とのギャップが逆に恐ろしい。

 広く暗い遊園地内はしんと静まり返っている。

 1年前までは夜でもパレードなんかやっていたりして、とても賑やかで明るかったのを思い出すと、少し寂しさも感じる。

 

 とにかくミラーハウスまで行かねばならない。

 記憶にあるミラーハウスの場所は、ドリームキャッスルのすぐ近く。

 頭のなかで想定している道程でいうと半分のところにある。

 

 身のすくむ暗闇と静けさに恐怖を掻き立てられながら、二歩ほど前方にライトを向けて歩き出した。

 

 入ってすぐ、ジェットコースターの影が視界に入る。

 巨大なこのジェットコースターには色々な噂があった。

 俺が知ってる噂は、乗るときにはいなかったはずの子供が、いつのまにか後ろの席に一人で座っている…というものだ。

  

 ジェットコースターだけでなく、ここのアトラクションには各々に曰く付きの噂があった。

 今回の道順でいうと、ジェットコースター、アクアツアー、ミラーハウス、ドリームキャッスル、メリーゴーランド、観覧車…。

 それぞれに噂はあるが、聞いた中で怖いと思ったのは、ドリームキャッスル地下の拷問部屋の噂だ。

 

 俺は拷問を受けているだろう人の悲鳴を聞いたことがある。

 

 ……ドリームランドがまだ開園していた頃の話。

 俺は1人、ドリームキャッスルの中を歩いていた。その、地下に用事があった。

 ある部屋の近くを通ったところ、小さく助けを求める声が聞こえた。

 しかし、助けに飛び込んだその部屋にはなにもおらず、止まない悲鳴は足元から聞こえた。


 あまりの恐ろしさに怖じ気付いてしまった。助けに行かなかった。

 それだけが今も、記憶に刺のように突き刺さっている。

  

 以来、ドリームキャッスルは更に嫌いになった。

 だからこそ、この順番なら最悪でもドリームキャッスルに近付くことはないから安心できた。

 

 目的地まであと数キロほどか。

 ジェットコースター乗り場のそばを横切る。やはり、慣れているはずのこの場所も、夜というだけでとても緊張する。

 広大で真っ暗な遊園地に自分一人きり。これが怖くない奴なんていないだろうけど…。

 ふと、歩いている自分の足音に、微かな違和感があった。

 

 コツ…ペタン…

 

 俺の一歩を這うように追う音。

 そんなわけがない。だって今、ここには俺一人のはずだ。

 早足で歩いてみる。気のせいだと念じながら。

 

 コツ、コツ、コツ、

 ペタペタペタペタペタペタ

 

 間違いない、何かがいる!

 駆け出した。

 

 前をライトで照らして、なんとか暗い夜道を走る。

 アクアツアーのエリアにさしかかると、どうにか足音はしなくなった。

 小さな子供のような足音。

 そんなものがこの時間に、この場所で?

 そんなことがあり得るはずがなかった。

 

 まだ後ろからなにかが追いかけているような気がして、背筋がゾワゾワとする。

 …アクアツアーの噂は、謎の生物の存在。

 アクアエリアの中に入り込まなければ大丈夫、のはずだ。

 

 得体の知れないものの存在を知覚した時点で、ここはすでに危険な所となっていた。

  

 あんなことがあったあとじゃあ心臓がばくばくと煩いが、とりあえず早く進まねばならない。

 早くついたところで悪いことはないだろう。

 スマホを取り出して時間を見る。

 もちろん走ったこともあり、時間はまだ早く、ここに入ってからすでに十分程度経っているが、まだまだ余裕がある。

 

 電池は10%をそろそろ切ってしまいそうだ。

 スマホをポケットに直して、前を向く。

 

 気を取り直してライトを照らした先に、小さな、子供の足が見えた。

 ぽたり、ぽたり、水滴が垂れて、裸足の爪先を赤く濡らして…。

 驚愕に、ピクリとも動けない。

 

 赤く染まった白い足はぬうっと片足をこちらに動かした。

 思わず持っていたライトを投げつけ、もう一度走った。

 

 背後から甲高い子供の声が、ヨコセ、と唸った。そしてまた、這うようなあのペタペタが追いかけてきた。

 

 確信する。あれは、間違いない。

 幽霊だ。

 あれはここにいてはいけないものだ。俺は、今あれに捕まるわけにはいかない。ここはやはり危険な場所だった。

 俺はあれから逃げなければならない。

 

 走って、走って、いつの間にかアクアツアーのエリアを抜けたらしい。

 足音もしない。

 どうにか撒けたようだが、俺を己のところに引き戻そうとやってくる足音が聞こえる気がして、身震いするほどに恐ろしかった。

 

 そしてもうひとつ恐ろしいのは、ライトをやつに投げ捨ててしまったことだ。

 …仕方ない。今は月明かりだけが頼りだが、目が慣れるとなんとか道はわかる。 

 しかし、たどるべき道はわかるのだが、どうやら道順は完全に狂ってしまったらしい。

 観覧車が近くにあり、ジェットコースターの巨影が先ほどと反対の向きで背後にある。

 

 今来た道を戻るわけにはいかない。

 つまりこの場合、ミラーハウスまでの最短距離を考えると、絶対にドリームキャッスルを通らなければならなくなったわけだ。

 とても嫌だ…。本当に嫌なのに。

 

 それでも、あれだけは、きっと無事に返してもらいに行かなければならない。

 口中を満たす苦いつばを飲み下して、滲み出す汗を手の甲で拭う。

 まだ、あの血の気のない白い足は俺を探していることだろう…。急いでここからはなれなくては。

 

 売店の角を抜けて次に見えたのはメリーゴーランドだ。

 しかし、様子がおかしい。

 

 「マジか」

 

 乾いた声がにじみ出た。

 軽やかな、とぼけたような音楽が大きく鳴り渡っている。

 そして、噂の通りに煌々とイルミネーションを振り撒いて回っていた。

 

 構っていてもしようがないので、無視して通り過ぎようと歩いたが、ふと見えた見慣れぬ看板に目が吸い寄せられて足が止まった。

 

 イルミネーションの光を受けて読みやすくなった看板は、明るいピンクの文字を浮き立たせていた。

 たった一行の文字だ。

 

 "怖かった?"

 

 「…ふざけやがって」

 

 ウサミの仕業だ、こんなことをするやつはあいつしかいない。

 どういうつもりだ?これは、彼なりのご機嫌とりのつもりか?それとも、この光景をどこかから見ていて、バカにして笑っているのか。

 間違いなく後者の気がする。

 

 俺が足音に追われてここに誘導されるところすら仕込みだったのか?

 そうだ、まさか、幽霊なんているわけがないのだから。 

 

 ペタリ

 

 背筋がギクッとした。

 

 ペタリ…

 

 いや、しかし、あれは仕込みの子供のはずだ。

 決心して振り返る。

 

 「…」

 

 俺と対峙したのは、見上げるほどの巨躯。

 ふくらんで、イルミネーションに滑った白い肌がぎらりと光っている。

 

 長い首、四足で歩く化け物がそこにいた。

 化け物は俺が自分を見たのが嬉しいみたいに、人面をにたぁ、と歪ませた。

 

 「あそぼぉ」

 

 似つかわしくない、たどたどしい、甲高い声で、人語を操る化け物はペタリペタリとぎこちなく俺のもとにこようとしている。

 駆け出した。

 

 どれだけ走ったか、そろそろなんの音も聞こえなくなって、自販機と休息所の影に座り、上がる息を整えた。 

 口内に、血のような鉄臭さが肺から上ってくる。

 

 アクアツアーの子供に追われ、思ったより消耗していたらしい。

 あいつの足は遅くて助かった。

 酷い消耗だけど、バイトしたあとのこれだから当然だ。 

 しかし、あれはなんだ?怪物?

 そんなものが本当にいるはずがなかったのに…。

 接ぎだらけの、首をつった人間のような、間接が折り曲げられたような、ぶさいくな粘土細工みたいな、白い顔の化け物。

 見ようによってはネッシーとかそういう、首長竜のように見えないこともない。

 とするとあれは、アクアツアーの謎の生物か!

 一体どうなっているのだろう。

 血まみれの子供は雇えばできるだろうが、あれはそうはいかない。

 本物だった。

 フェイクでは決してない生々しさがあった。

 

 あれは人なのか?しまいにあそぼぉ、あそぼぉ、といって泣き出していたが…。

 あんなものが現実にいるはずがなかったのに。

 

 疲労と混乱の最中にいて、考えがまとまらない。

 とりあえず、スマホを取り出す。

 

 あれから20分経過していた。

 今となっては早く着いたことに感謝しかない。

 電池はまた少し減っていた。


 一度、ため息をついて立ち上がる。

 一刻も早く、早くミラーハウスに着かなければならない。

 

 じっとしていると、後ろから二つの足音が聞こえてくるような気がする。

 

 しばらく歩いていると、月に雲がかかりはじめた。

 視界が更に危うくなったところで、とうとうドリームキャッスルが近づいてきた。

 走り続けたつけと視界の不鮮明さに、心臓はこれまでにないほど跳ねている。

 

 これで叫び声など聞こえてきたら…。

 考えるほどどつぼにはまる気がする。

 ドリームキャッスルについては近づくほどに恐怖を感じた。

 

 落ち着け、落ち着け。

 アクアツアーと同じだと考えろ…。

 入らなければ怖いものはいない。

 いや、あの化け物は外をうろついているんだけど…。

 

 視界の先に光が見えた。

 遠くからでもわかるそれは、白地にピンクの文字の看板。

 "もうひと頑張り!"

 ふざけている。

 しかし、おかげで多少恐怖心は薄れた。

 

 通りすがり様、看板を一度殴って先を進む。 


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