第98話
すぐ係員が出て来て、彩世をリンク外へ運んだが、祐二には無限に長い時間に感じた。
祐二は、急いで、知り合いの者だと言って、彩世に逢いに行ったが取り合ってもらえなかった。
ほどなく、祐二の前を、彩世を乗せた救急車が通り過ぎた。
そこで、彩世の行き先を尋ねたが、身内や学校関係者と証明が無かったので、教えてくれなかったために、彩世の両親に連絡した。
驚いた彩世の両親は、彩世が運ばれた救急病院を調べ、祐二に知らせた。
祐二は、直ぐ様、病院へ行き、彩世の容態を確認しようとしたが、病院側はそのことは個人情報だからと教えてもらえなかった。
祐二は彩世にもしものことがあったらなどと、やきもきしながら彩世の両親が駆けつけるのを待っていた。
「樫山さん」
彩世の両親が祐二の姿を見付駆け寄った。
「お待ちしてました。携帯でもお知らせしたんですが、僕では彩世さんの容態については教えてもらえないんです」
「お世話をかけました。彩世の付き添いのコーチからの連絡でも、病院側からははっきりした事は聞けないようです」
彩世の両親も悲痛な面持ちで答えた。
「今度の大会には樫山さんが来てくださると、久しぶりに元気な様子で練習に励んでいたんですが、それがこんなことに」
母の操は肩を落として呟いた。
「まだ本調子でない彩世さんに、僕がアイスショーに出るように勧めたのがいけなかったのかもしれません」
祐二もフィギュアに詳しくない自分が簡単に参加を促したせいだと後悔していたが
「そんなことはありません、樫山さんのおかげでどれほど、明るくなったか、今回のことは樫山さんのせいでは決してありません、、ただ、あの子がまたふさぎ込むのではと心配しています」
彩世の父親が祐二に頭を下げた。
「樫山さん、彩世を励ましてやってくださいお願いします。慎吾くんと云うどこの誰ともわからない男性を探させた上に、彩世の面倒までみて欲しいなどと、ずうずうしいお願いかもしれませんが、私たちにはあなたしか頼るあてがないのです」
操も夫にならって頭をさげた。
「そんな、頭を上げてください、彩世さんのことは僕の意志でやってることです、それに、彩世さんの力に少しでもなれれば、僕は満足なんです」
澄んだ瞳でそう言う祐二を見て、天見夫妻はなぜ彩世はこの男性と婚約しなかったのかと悔やみ、彩世が慎吾など忘れ、祐二と添ってくれればと思った。
「ありがとうございます。では樫山さんも彩世の容態を尋ねに、ご一緒ねがいませんか」
祐二は、両親の後に付いていった。
彩世の負傷は、ふくらはぎの肉離れだったが、症状が非常に重かったので、退院するのに三日を要した。
祐二は、両親に後を託して帰り、三日後には休暇をとり、彩世の退院するのを待っていると、父親が足を包帯で巻かれた彩世を車椅子に乗せて現れた。
「傷の痛みは?」
駆け寄った祐二が尋ねた。
「来てくれて嬉しい。痛みは少しだけ、でも、動いたら凄く痛いわ」
涙目で答える彩世を祐二は、自分が婚約者なら、思い切り抱きしめ、彩世の苦痛を少しでも和らげて上げられるのにと思った。
「また、当分の間、試合に出られなくなったね」
「残念だけど、仕方ないわ」
「案外、冷静なので、安心しましたよ」
心配させまいと明るく振る舞っていることに祐二は気がついた。
「でも、せっかく試合を見に来て頂いたのに、転んだりしてごめんね」
「失敗はスポーツ選手にはつきものですから、気になさらない方がいいですよ。ところで、怪我が全快するのは何日かかりますか」
「安静にしていたら、三週間すれば、松葉杖を使って歩けると言われたわ、少し後遺症が残るので無理はできないんですけど、また肉離れすると大変ですものね」
祐二は彩世の心をできるだけ、なぐさめようと決意した。