第97話 さらば、哀しみよ
祐二は、彩世の病気を見舞って気付いたことは、孤独感が彩世を病気にさせたのではないかということだった。
そこで、時間が許す限り、彩世と逢い、電話をし、彩世が孤独感を持たないように努めた。それが効を奏したのか定かでないが、彩世は元の元気な姿を取り戻し、七月に行われるアイスショーに出たいと考えるようになった。
だが、足の負傷や病気などにより、充分な練習ができなかったため、出場が危ぶまれていたが、猛練習をした結果、出場が可能になった。
やがて、試合の前日がきた。祐二は、彩世の身体を心配して電話をした。
「体調はどうですか?」
「絶好調よ」
彩世が嬉しそうに云った。
「それは良かったね。でも、僕の経験から、調子の良い時ほど、怪我を起こす確率が高いので、用心してくださいよ」
「はい、気を付けます」
「慎吾くんが応援に来てくれたらいいのにね」
「ええ、でも、今日は、何も考えずに一生懸命頑張るわ」
「ごめん。試合に集中しなければならない時に、余計なことを云ったりして」
「いいのよ」
「会場から観戦しますから、思い切った演技をしてください」
祐二は電話を切った。
翌日、祐二は彩世を応援するために、誰よりも早く会場へ入ったつもりだったが、すでに満員になっていた。
やがて、観客たちを、現実から夢の世界へ誘うように、美しい演技がはじまった。選手の華麗な演技に対して、観客は惜しみない拍手を贈る。しかし、今日は、氷の状態が良くないのか、多くの選手が転倒していたので、祐二は彩世も転倒するのではないかと、心配していたが、彩世は、その心配を撥ね除けるように、素晴らしい演技をした。
彩世の演技を見ながら祐二は考える。
(このショウは、近畿圏のテレビが放映するだろう。また、スポーツ紙が、出場する選手の顔や名前を掲載していた。もし、慎吾くんが彩世さんを愛しているのなら、この会場へ来るべきだ。そして、応援するべきだ。一ヶ月後には、慎吾くんと彩世さんが婚約してから一年になる。だが、今日まで、何の音沙汰もなく、連絡もしてこない。婚約者としてあまりにも無責任すぎる)
祐二がそのようなことを考えている時、彩世が最後のジャンプをした。だが、飛び上がることが出来ず、前につんのめるようにして倒れた。