第96話
彩世が泣きそうな顔をした。
「心配しなくてもいいよ」
「どうして?」
「河原にナデシコの種子を撒けば良いのです。想像してみてください、あの河原がカワラナデシコの花で飾られているのです。その美しさは、計り知れないと思いますよ」
「そうね、楽しみだわ」
「種まきするときは、彩世さんも手伝って下さいよ」
「喜んでお手伝いしますわ。きっと、ユリが喜ぶわ」
彩世は河原に広がる花を想像しその時を楽しみに思った。
「彩世さん、二人で祈りませんか」
突然祐二が云った。
「何をですか?」
「慎吾くんが探し出せるようにです」
彩世は今は慎吾のことを考えたくなかった。
「そんな、、厚かましいお願いはできないわ」
「出来ますよ」
「でも、誰にお祈りするの?」
「高梁川」
彩世は素直に頷いて祈った。
「所で、彩世さんの住まいは?」
「家は見えないけど、あの辺りよ」
彩世が花水木通り方面を示した。
「駅に近いですね」
「ええ、その向こうには、高梁市の観光名所が沢山ありますから、案内しますわ」
「残念だなあ、今日は、もう時間が無いので、次の時にします」
「そうね、じゃあ、できれば両親に会って欲しいんです」
彩世が縋るように言った。
「今回は時間がないので、こんど、ナデシコの種蒔きに来る時には、必ず、お伺いしますと、伝えてください」
祐二は、彩世の両親に会うと、初対面で無い事がばれ、見舞いにきたのが仕組まれたことだと彩世に察知され、彩世の病気が悪化する恐れがあると考えて断った。
「はい、残念ですが、そう伝えます」
彩世は残念そうな声で答え、祐二を車に乗せて備中高梁駅へ送っていった。
祐二が改札口を入ってから振り向くと、彩世が、やつれた顔に、精一杯の笑顔を作っていた。そのいじらしい様に、祐二は、思わず、後戻りをしようとする自分の心に、鞭を打ち、電車に乗った。