第94話
「ええ、私はこの町に生まれたのね。とても誇りに思うわ」
しばらくの間、二人は景色をみていた。
小鳥がサクラの花を啄むのを見た彩世がふと、気付いたように
「お腹すいていないですか?」
「忘れていたけれど、言われたので急にお腹が空きました」
「じゃあ、食べましょう」
「ええ、じゃあどこか食べるお店を捜しましょうか」
祐二の言葉に彩世が車から弁当を取り出した。
「今日、お弁当を祐二さんと一緒にいただこうと思って作って来たんです。お口にあえばいいんですが」
そう云うと、彩世は嬉しげに、展望台にシートを敷き、お弁当を並べた。
「彩世さんのお弁当が食べれるなんて、最高に幸運ですよ」
「祐二さんは大げさですね」
「ぼくはこれでも小さいと思いますよ」
食べ終わると、彩世は後片付けしながら
「祐二さん」
恋人に話しかけるように云った。
「何ですか」
祐二も柔らかい語調で聞く。
「お休みの日は何をしてらっしゃるの」
「柔道や空手の練習かな」
「私のように怪我とかしないですか?」
彩世が心配そうに聞く。
「少しでも気を緩めるとね」
「それ以外はどう過ごしてるの」
彩世はそれとなく恋人の存在を確かめた。
「男一人わびしく映画やスポーツ観戦ですよ」
祐二の言葉に彩世は希望を持った。
この様子なら恋人はいないようだと、そんな思いにとらわれていると、高梁市を見渡していた祐二が声を上げる。
「彩世さん」
「なーに?」
彩世が祐二をみると、祐二の指が下方をさしていた。
「彩世さんが写生していた河原が見えるよ」
「本当?」
彩世は立ち上がって祐二の指差す方向を見る。
「そうだわ、あそこよ」