第91話
「仮に、結婚したとしても、彩世さんは僕を見れば慎吾くんを思い出し、僕の声を聞けば慎吾くんの声を思い出すでしょう。その苦しみは、今日よりずっと大きいはずです。なぜなら、彩世さんは僕と一緒に慎吾くんを捜したからです。彩世さんの完全回復を願うなら、慎吾くんを探し出すことが先決です。彼を捜し出せば、結果如何に関わらず、元の彩世さんに戻ります」
「分かりました。樫山さんは、彩世の本当の幸せを考えていてくださる。だからこそ、私たちの願いを聞いてくださらなかったのだ。でも、全てを諦めた訳ではありません。その時期がきたらお願いに上がるかもしれません。その時はよろしくお願いします」
父親が未練げに云った。
彩世の身を案じて、祐二に助けを求めて京都まできた操や正雄をそのまま帰す訳にはいかない。また、彩世の病気が何より心配になった祐二は、
「もし、お邪魔でなかったら、明日、彩世さんに逢いに行きます。行っても、彩世さんの病気が治るかどうかは分かりませんが、彩世さんが心配でなりません」
彩世の両親は、自分達の望みが叶えられず、失望していたが、明日、逢いに行くと云われ、また、可能性が出来たことに、希望を持った。
「ぜひ、おいでください」
「はい、でも、ご両親にお願いがあります」
「なんでしょうか。私たちにできることなら」
操が心配げに云った。
「今日、僕がご両親と会って話したことは、絶対に誰にも話さないでください。例え、彩世さんにもです」
「そのお心使い、まことに有難うございます」
彩世の両親は祐二の細やかな配慮に心底感激した。
「納得いただいたので、気楽に彩世さんと逢えます」
祐二は明るく云いながらも心の中で彩世の両親に誓っていた。
(ご両親が僕をこれほどに見込んでくださったのだから、僕は期待に背かないようにがんばらねばならない。僕に彩世さんと結婚してくれなどと云っていただき、例え一時でも夢を与えてくださった。この夢を大切にします。本当にありがとうございます)
食事も終わり、祐二は彩世の両親を京都駅へ送った。両親は心残りがするのか改札口を通っても、何度も振り返り手を振っていた。
祐二は、その姿が見えなくなると、すぐ彩世に電話を入れた。
「はい、天見です」
何時もの彩世の声が聞こえてくる。
祐二は両親の話がなければ彩世の苦しみになど、気がついてなかったのだ。自分の行動で彩世が少しでも楽になればと彩世に用件を切り出した。
「急なことで申し訳ないんですが、もし明日彩世さんに差し支えがなければ、高梁市の観光案内をお願いしたいのです。以前から行きたいとは思っていたのですが、なかなか機会が無かったので、、お願いできませんか」
「ええ、もちろん喜んでご案内します。でも私もあんまり詳しいわけではないので、失望しないでくださいね」
「そんなことありません。彩世さんの行ったことのない場所に行ってみるのもいいかもしれませんね」
「お待ちしてます」
彩世の声が喜びに震えていた。彩世が少しでも気晴らしになれば、と思ったのだが、祐二にとっても、これが彩世とのデートのようなものなんだと気がつき、祐二の気持ちも弾んだ。
翌日、祐二はやくも号に乗って高梁市へ向かった。電車が高梁市に入ると、高梁川の沿道やが、サクラの花で飾られていた。