第90話
夫のためらいを見兼ねた操が、
「樫山さん聞いてください。私たち夫婦は、彩世を元の元気な姿に戻そうと色々と試みましたが、効果がありません。そこで考え付いたんですが」
核心を話そうとすると、正雄が操の話を止めた。
「それ以上云ってはいけない。あまりにも不謹慎だ」
操はそんな正雄に反論した。
「この話は、あなたと何度も話し合って決めたんでしょう、彩世の為にはこれしかないって」
話が複雑そうなので、祐二は口に挟まないようのにした。
「しかし、それでは、あまりにも樫山さん対してして無礼なことだよ」
「分かっているわ、でも、お願いするしかないのよ」
祐二は、自分の名前が出たので、
「僕は、彩世さんのことで、どんなことを云われようとも無礼な等と思いません。どうか、遠慮なく言ってください」
操は祐二の言葉に力を得て、夫婦で決めた事を話だした。
「彩世は、樫山さんの話をするときは、とても、明るく楽しそうに話すんですよ。ですから、今の引き籠りのような状態も、樫山さんの助けがあれば回復すると思っています。こんな話は樫山さんのご迷惑になるかもしれませんが、もし、樫山さんに付き合っている女性がいないのであれば、彩世と付き合っていただきたいんです。親ばかなのは分かってます。でも彩世はかわいいたった一人の娘です。その為ならなんでもしてやりたいんです。樫山さんの人柄は、彩世から聞きこれ以上ないすばらしい方と思います。私たちの望みとしては、樫山さんが彩世と結婚して天見酒造を継いでいただけたらと考えているのです」
操は縋るような眼差しで祐二をみた。
「妻が勝手なことを云ってすみません。でも、これが私たちの願いですから」
正雄も真剣な表情で祐二に決意を語った。
祐二は思いもかけない申し出に天地がひっくり返るほどの衝撃を受け、言葉が出ない。
すると操は、黙ったままの祐二の手をとり必死で懇願した。
「お願いです。彩世のために」
祐二はやっと言葉をしぼりだすように云った。
「実は僕も彩世さんに好意を寄せています。ご両親に信頼していただいた上、彩世さんとの結婚まで考えていただき、ありがたいと思っています」
祐二が彩世との結婚を承諾したものかと夫婦の顔に喜びが現れた。
「天見さんのお言葉に僕は天にも昇る心地ですが、それには今はお応えできません」
「どうしてですか?」
夫婦は落胆したが、まだ希望はあると祐二の言葉を待った。