第89話
席に着くなり、正雄が畏まった態度で、彩世が助けらた礼を述べた。
「どういたしまして、それより、彩世さんが気がかりなので、どうか、ご用をおっしゃってください」
「分かりました。樫山さんにお願いしていいものかと悩みましたが、私たちの力で解決出来ないで、樫山さんのお知恵を拝借したくてお願いに上がりました」
余程、云い難い事柄だと察した祐二が助け船をだす。
「私で出来ることなら、何でもします、どうか、遠慮せずに云ってください」
夫妻は、ほっとした表情になり。
「では、ご好意に甘えます」
正雄が話し始めた。
「今、彩世は春休みで高梁市へ帰ってきました。しかし、毎日、自分の部屋に閉じこもり、塞ぎ込んで私どもと話をしません。体も以前より痩せ衰えています。このまま放置していたら、重い病気になり死んでしまうかもしれないのです。どうか、彩世を助けてください」
彩世は祐二への愛と、慎吾に裏切らとの思い、そして、大好きなフィギュアスケートの試合は無論のこと、練習も出来なったための心労により、心の病に罹ったのだ。
「それは本当ですか!」
「はい」
「しかし、半月前に逢った時は元気でしたよ。そして、土曜日毎に電話していますが、声は明るく元気でした」
「それは、樫山さんの前だけだと思います」
祐二はその言葉に動揺を隠せなかった。
(自分は彩世の苦しみを見抜けず、却って無理をさせていたのかもしれない)
「迂闊にも気付きませんでした。病状が悪化したのはいつからですか?」
「夏が終わった頃からです。最初は日時が解決してくれるだろうと軽く考えていましたが、最近になってから、急に悪くなりました」
(去年の夏の頃の彩世さんと今の彼女は、確かに変わった。今も明るく元気に見えるが、あれは僕に心配をかけまいと考えての芝居だったのかもしれない)
祐二は、彩世の気遣いに、心が苦しくなるほどの哀れさを感じた。もし彼女が今、目の前にいたら、抱きしめ慰めていただろう。
だが、祐二が彩世に触れることは許されない。佑二に出来ることは慎吾に会わせ彼に彩世を託すこと以外にないのだ。
「彩世さんがそんな状態なら、早急に慎吾くんを捜さねばなりませんね。必ず見付けだします」
「ありがとうございます」
祐二に礼を言う正雄の態度は言葉とは裏腹にあまり嬉しそうではなかった。そんな正雄の横から突然妻の操が口を出して来た。
「ねえ、あなた、あのことを樫山さんにお願いしましょう」
だが正雄はためらいがあるのか、操に催促されてもなかなか口を開こうとしない。