第88話
「もっと、早くお礼を申し上げたかったのですが、彩世がご迷惑だからと電話番号を教えてくれなかったのです。しかし、昨日、家内が彩世の部屋を片付けていると、貴方さまの電話番号を書いた手帳を偶然見付けたのです」
彩世の父親は理由を述べた。
「いえ、こちらこそ失礼しました。彩世さんから、度々、ご両親がお礼を云いたいから住所と電話番号を教えてもいいかと聞かれたのですが、お礼を云われる程の事をしていないので断っていました。どうか、お気遣いはご無用に願います」
「有難うございます。今日まで何のお礼を申し上げなかった私どもなのに、また、厚かましい事をお願いするのは、汗顔のいたりですが、もし、今、お時間がございましたら、私どもに会って頂けませんか」
「ええ、何時でもいいですよ。ところで、願いとは何でしょうか?」
「彩世のことです」
驚いた祐二は、思わず大きな声で尋ねる。
「彩世さんがどうしましたか?」
「はい、でも、電話では申し上げられないので、お会いした時にお話します」
「分かりました、すぐ、行きます、場所は高梁市ですね」
「いえ、妻と一緒に京都へきています」
今朝、彩世の両親は、京都の祖母が体調を崩しているを理由に、彩世一人を家に残して京都へ出てきたのだ。
京都まできた理由は、彩世に内緒で祐二に会いたいためだった。
二十分後、祐二は彩世の両親が待っている駅改札口へきた。電話で互いの服装や特徴を知らせ合っていたため、祐二にはすぐ分かった。
「天見さんですね」
祐二は一応尋ねた。
「はい、お初にお目にかかります天見でございます」
父親らしき人と母親らしき女性がお辞儀をした。
「私は、樫山祐二です、どうかよろしくお願いします」
「改めて自己紹介をいたします。私は天見正雄と申します。そしてこれが妻の操です。どうかよろしくお願いします」
天見夫婦は祐二に頭を下げ挨拶した。
「こんな所で話もなんですから、駅ビルに静かな喫茶店ががありますので、そちらでお茶でも召し上がりながらご用件をえ伺いしましょうか」
祐二の誘いに正雄は、
「有難うございます。せっかくのお誘いに申し訳ありあませんが、実は僭越ながら、私どもが時々利用しております料亭を予約しておりますので、よろしければ、どうか、お越し願えませんか?」
祐二は料亭など自分には分不相応ではと思えたが、感謝のつもりであろう天見夫婦の好意を、無下にすることもできず。二人の好意に甘えることにした。