第87話 受け入れられない幸せ
慎吾の情報が次々と得られ、彩世は試合と慎吾らしき人とに会い行くことに追われていた。
会った相手の中には、慎吾の声とそっくりな人がいた。彩世はその声を聞き、感極まって、思わず泣いたこともある。
しかし、いくら会いに行っても会った人は全て慎吾ではなかったので、彩世は会いに行くことに一種の恐怖を感じるようになっていた。
また、二人の男を同時に愛する、それも1人は婚約者、彩世は、日々、罪悪感に苛まれていた。
彩世は、その苦しみから逃れる為に、フィギュアスケートに打ち込もうと考え、今までにない猛練習をしていた。しかし、夏休み期間の練習不足が重なったのか、稽古中にアキレス腱を切る不幸に見舞われ、十一月の半ばから、試合は無論、練習さえもできなくなった。
そして、慎吾の情報があっても、祐二に同行できなかった。当然のごとく、祐二と逢う機会も少なくなり、彩世の心が閉じこもりがちになっていた。
祐二に逢えない辛さから、彩世の愛は、慎吾から祐二へと傾き、一層の罪悪感に苛まれた。
彩世は、その苦しみに堪えられず、祐二に慎吾との婚約を破棄すると伝えたかったが、
「彩世さんは、約束を絶対に守るから安心だ」
と云った祐二の言葉を思い出し、伝える勇気失ってしまった。
月日の経つのは早く、はや、翌年のサクラの花が咲き始める三月下旬になっていた。
そんな土曜日の朝、祐二の携帯電話が鳴った。相手が自分の知らない人なので、
「はい」と、だけ答え、相手の出方を待った。
「樫山祐二さんですか」
祐二は慎吾の情報と思い。
「慎吾くんの情報ですね。有り難うございます」
と云うと、相手が違っていたのか、少し沈黙した後、
「初めまして、自己紹介をさせていただきます。私はいつも貴方のお世話になっている天見彩世の父親でございます」
祐二は予想もしない相手に驚いた。
「彩世さんの、お父さんですが、初めまして」
「三年前、彩世の危ない所を助けて頂いた上に、今は、慎吾くんを捜すために、日々、ご助力を頂いてると聞いています。それにも関わらず、今日まで、一言のお礼も申し上げなかったことをお詫びいたします。遅すぎるでしょうが、改めてお礼を申し上げます」
祐二が何時も、慎吾を捜していると知り、父親は、有り難さに感極まっていた。
「いえ、当然の事をしているだけです」