第86話
「今日は、私のために、東京までお付き合いして頂いて有難うございました。でも、結果が無駄になって、本当にすみませんでした」
「今日からは、有難うや、すみませんは、云わないでください。なぜなら、僕が慎吾くん捜しを申し出たんですからね」
「分かりました。これからは、祐二さんのご好意を有り難くお受けします。あっ、また云ってしまったわ、御免なさい」
彩世は何が何だか分からなくなっていた。
「でも、お礼を言われるのは、いい気分ですね」
「まあー」
彩世は呆れていた。
「良き明日を信じて、待ちましょう」
「そうしますわ」
話している間に、東京駅に着いていた。
祐二も、彩世と初めての遠出、その間、恋人同士のように、肩を寄せ合った幸福な気持ちは、一生、忘れることが出来ない喜びだった。
のぞみ号に乗った彩世と祐二は、電車が永遠に停まらないで欲しいと思っていた。
「間もなく、京都駅です」
車内放送が、その夢を破った。
「あっと云う間に着きましたね」
祐二が名残惜しそうに云った。
「ええ」
彩世は別れが悲しくて、言葉少なく答えた。
「疲れたでしょう。車でお送りますからね」
「嬉しいわ」
やがて、彩世を乗せた祐二の車が、彩世のマンション前に書いた。
「今日は、ご苦労さんでした。また、情報が届いたら、一緒に行きましょう」
「お願いします」
淋しそう頷いた彩世は車を降りた。
「さよなら!」
手を振る彩世の顔が悲しみに覆われていた。
今日の祐二は、彩世と慎吾が出合っても、自分は関わりの無い第三者だから、何の動揺もなく、二人の出会いを冷静に見ていられると思っていたが、彩世の感極まった様子を見たときの失望感と哀しみは祐二の想像や覚悟を遥かに越えていた。
そのため、今後は立ち会うのを止そうと考えたが、もし、立会を断れば、即、彩世との別れが待っていると思うと、祐二に断るという選択肢は無かった。