第85話
彩世の顔に明るさが戻った。
「今後のことを考えると、その覚悟が必要だね」
「そうよ、終わったことは、すぐ、忘れるように努めているのよ」
「流石、スポーツ選手だね」
「じゃあ、祐二さんもすぐ忘れるの?」
「うん、でも、スポーツだけだよ」
「私は慎吾さんに会えない時だけよ」
彩世は、祐二に忘れやすい女と思われないように、云い訳をした。
「そうだ、ジョギング、いや、追っかけっこしながら、皇居を一周しませんか、無論、最初は僕が鬼だけどね」
彩世の失望を早く取り除くには、運動、それも、童心に帰る運動が適してると祐二は考えたのだ。
「いいわね」云うと彩世は駆け出した。
「待て!」
追い掛ける祐二。
「いやよ」
早く、捕まえて欲しいと願いながら彩世は走る。
二人は、皇居の美しい木々の緑やお堀を横目に見ながら、楽しそうに鬼ごっこをしていたが、何時の間にか、皇居を一周していた。
祐二が立ち止まって、彩世に、
「何も考えずに走って楽しかった」
「私もよ」
何も考えずに走ったのは嘘。現実に、相手の愛を得られない二人は、鬼ごっこの中で、相手の愛を掴まえようとしていたのだ。
「疲れたでしょう」
「少しだけ」
二人の横を、皇居一周する人たちが、次から次へと現れ、互いに軽く会釈したり、声をかけて通って行く。
「じゃあ、帰りましょうか?」
祐二が云うと
「はい」と答えた彩世だが、帰れば祐二との別れがあり、その後には、慎吾に会えなかった失望と、祐二への愛に苦しむ自分が待っているのだ。
もっと、一緒に居たいと云えずに、彩世はお礼を云った。