第84話
祐二は、慎吾が出てくるのを待ちながら思った。
(迷惑がらずに、この礼儀正しい対応、彩世さんが愛した慎吾君に間違いない。この慎吾くんなら、きっと、彩世さんを幸せにしてくれるだろう)
思うと同時に、祐二は、哀しみに打ちのめされた。
待つ間もなく、ドアーが開いて、一人の学生が出てきて云った。
「お待たせいたしました。ところで、ご用件は?」
祐二が彩世を見ると、祐二の背に隠れたのだ。
「僕は京都の樫山祐二というものです」
名刺を渡し、
「僕の会社のお得意さんから、慎吾くんとおっしやる学生さんを捜してくれるように頼まれ、貴方に会いにきたのです」
「そうでしたか、僕がその慎吾」
「残念ですが違いました。失礼なこと致し、誠にすみませんでした。心からお詫びを申し上げます」
「京都から、わざわざ来られたのに残念でしたね。どうか、お気を落とさずに、東京見物をして帰ってください」
「有難うございます。じゃあ、失礼します」
祐二は心の中で、慎吾がこの学生なら、素直に彩世の婚約を認める、等と、考えていた。だがその余裕は、今後も彩世と会える保証があったからだ。
逃がした魚は大きく見えるように、慎吾でないと分かった時の彩世の失望は大きく、出せるものなら、声を出して泣きたかった。
しかしその反面、祐二が学生と対応する姿を見ていると、頼もしく、この人を信じ、愛していれば、何時か幸せになれるような気がし、泣きたい気分も消えていた。
「東京見物をしますか?」
「騒がしい場所へは行きたくないです」
「じゃあ、皇居の周りを散歩しますか?」
「賛成だわ」
祐二と彩世は、皇居の周りを散歩した経験から、今は、最も適した場所だと思った。
タクシーで皇居前へ行った祐二と彩世は、早速、歩き始めた。
皇居周辺には、多くの人たちが、散歩やジョギングをしていた。その人達の中へ、祐二と彩世は入って行った。
「声は慎吾くんの似ていたんでしょう」
突然祐二が尋ねた。
「ええ、そっくりだったわ」
「それなのに慎吾くんでなく、残念だったね」
「ええ、でも覚悟していたから平気よ」