第83話
「実は、僕も眠れないです」
祐二も彩世と同じ心境だった。しかし、どうしても、慎吾に会った時のことが頭に浮かび、話は途切れがちになり、やがて、眠る振りをして、先のことを考え、慎吾でなければよいのにと思う祐二だった。
今日で別れと思う二人にとって、二時間はあまりにも短く、何時の間にか品川駅に着いていた。
「やっと着きましたね、さあ、元気を出して、慎吾くんに会いに行きましょう」
二人は、のぞみ号を降り、山手線に乗換え、渋谷に向かった。
「目黒駅を通り過ぎたから、間もなく、渋谷ですね」
「何だか胸騒ぎがするわ」
彩世が心細げに云った。
「胸騒ぎでなく、不安なんでしょう」
「分からないど、兎に角、恐いわ」
云っている間に渋谷駅に着いた。
「タクシーに乗りますか」
祐二が彩世に尋ねた。
「いえ、近いから歩いて行きましょう」
渋谷から松濤町までは近い。
東京の大学で四年間も学んだ祐二に、松濤町は我が庭にも等しいので、慎吾らしき学生が住むマンションを簡単に捜しだした。
都会のマンションは、大抵、セキュリティーシステムが完備され、入るのが困難だが、このマンションは、建物が古く、勝手にマンション内へ入ることができた。
マンション一階には、各部屋の住人用の郵便受けが設置され、その中に、渡辺慎吾の名があった。
祐二と彩世はエレベーターで五階へ上がり、祐二が部屋のインターホンを押して云った。
「渡辺慎吾さんはご在宅ですか」
本来は、彩世がインターホンを押し、中の住人と言葉をかわすのだが、もし、捜している慎吾でなかったら、祐二が慎吾を捜していることにしたのだ。そして、彩世が慎吾の顔を見て、本当の慎吾なら、彩世が会いにきた事情を話すことにしいていたのだ。
「はい、どなたですが?」中から声が聞こえた。
祐二が、彩世の顔を見ると、感極まったのか、今にも泣きそうな顔をしていた。
「慎吾くんだね」
彩世に確かめると、彩世が頷いた。
「樫山と云うものですが、ぜひ、渡辺さんにお会いしたくてきました」
「少しお待ちください、すぐ、出て行きますから」