第8話
だが、いくら叱られても、祐二には、両親の愛が何時も空気のようにあったので、意識する必要がなく、物心が付いたときから、何時も兄弟や友達に目や意識を向けていればよかった。その為、親に愛されているか、いないか等と考えたことがない。
しかし、母がどれほど自分を愛し、無事を願っているかを知らされた今、その愛に、どう応えればよいのかを考えずにはいられなかった。
最初の目標は、会社を設立し、軌道に乗ったら本社を故郷へ移し、高級車に乗って帰ることだった。
だが、買った車はどこにでもある普通の車だ。否、どんな高級車であっても、母を苦しませてまで乗って帰る価値があるかと自問自答したとき、母の涙を価値判断する愚かさに気付いた。
「母さんのいうとおりするよ」
祐二が穏やかに云うと、
「本当?」
母親は、祐二の急変が信じられないらしい。
「嘘は言わないから、安心したらいいよ」
「ありがとう」
母親が涙声で礼を云った。
「じゃあ電話を切るよ」
「切らないで」
母親が急いで制した。
「まだ、他に何かあるの?」
「母さんは祐二に謝りたいの」
「そんなこといいよ」
「いえ、云うわ。母さんは祐二が故郷へ新車に乗って帰るために、どんなに頑張っていたか知っていたわ。なのに、それを無にしてしまった。許してね。こんな母さんを嫌いになただろうね」
「嫌いになる?そんなことないよ。母さんの許しがでるまで、電車で帰るから安心していてね」
祐二が明るく云うと、
「許してくれるのね。有難う。電車は大賛成よ、無事に帰ってきてね。そうだ、祐二が松江駅に着いても迎えに行けないからバスに乗って帰ってね。バス以外は駄目よ」
と、母親は何度も念を押してから電話を切った。
母親の無茶な要求に屈したものの、祐二は精神的に、父母との距離が急に縮まったような気がし、絶対、父母には嘆きをかけてはいけないという気持ちが沸き上がった。
しかし、生まれてから初めて経験する悲しい友の死と、自分の目的が挫折したことで、虚しさにどっと襲われ、何も考えられなくなった。放心状態になった祐二は天を仰ぐ。
空は祐二の心のように、暗い夕闇に覆われていた。暗さは祐二を一層、孤独へ追い込む。それでも、祐二の手は車体を磨いていた。
やがて、祐二は気付いた、このまま、自分の心を闇の世界へ沈めたら、気力を失い、明日、故郷の父母や友、そして、遊んだ海、山などの自然に惨めな姿を晒すことになると。