第79話
「あれほど強くても」
「強くないけど、僕は自分の心身を鍛えるための武術なので、試合はしません」
「そうだったの」
その時、堤防の上から、二人を揶揄するような声がした。
二人が振り向くと、祐二の車の横で見るからに悪そうな若者が三人、祐二と彩世を見下ろしてた。
祐二が彩世に関わるなと目で合図したので、彩世は聞こえないふりをした。
「なんとか返事をしろ」
三人が恐い顔をする。
それでも祐二が無視していると、我慢ならなくなった一人が、
「なめるな!」
と、叫ぶやいなや、堤防を駆け下り、祐二に殴りかかった。
祐二は相手の攻撃を避けず、相手の身体に手が触れた瞬間、男の身体は下の草の上に投げられていた。
「まだ、闘うか?警察に通報するぞ」
佑二が興奮もせずに云った。その落ち着きと底知れぬ強さを見せ付けられた男達たちは、先を競って逃げ出した。
「恐かったわ」
彩世が身を震わす。
「やっぱり、この場所へ来てはいけないね」
「はい、何時の間にか恐さを忘れてました」
彩世は祐二に逢いたい一心から恐れを忘れていたのだ。
その時、祐二の携帯電話が鳴った。
「はい、樫山、......そうか分かった」
と云って電話を切った。
「急用ですか?」
彩世が心配そうに尋ねた。
「友人が、会いたいと云っているんだ」
「すぐ行ってあげてください」
と彩世が気を効かした。
「彩世さんを残して帰れません。まだ、少し時間があるから、僕の車でドライブしませんか。と、云っても、桂川の周辺を少々ですが」
「ぜひ、お願いします」
祐二は、彩世の手を取ると、車に乗せ、すぐ発車させた。
(この暖かい手は、河原で握手した手、いえ、今、思い出したわ、この手は、助けてくれた時の手だわ)