第78話
「そうでしたの。でも、好きになれば簡単よ」
彩世が優しい目で祐二を見る。
「成る程ね。所で、試合はあるんですか?」
「はい、十一月の中旬にあります。テレビでも録画放送されることになっています」
「その試合、応援に行っていいですか」
「ぜひ、来てください。でも、私はテレビで放送されると知っただけで、気持ちが萎縮し、良い結果がでないの。もし、失敗しても笑わないでね」
云って彩世は恥ずかしそうな顔をした。
十六歳までの彩世は、将来のオリンピック選手と期待されていたが、十七歳になってから、急に失敗が多くなり、三位が一度で、後は五位から十位の間を彷徨っていた。
「僕もスポーツマンだから笑いませんよ。でも、スポーツには失敗がつきものです。また、嘲り、罵声などは当たり前です。一流選手になるためには、それら全てを冷静に受け止め、平常心で試合ができるようになることです」
「いつもコーチに注意されているんだけど、どうしても出来ないのよ」
「その気持ち分かるよ」
「試合が終わったら逢いに来てくれるわね」
彩世が信頼仕切った顔で云った。
「そうしたいが、出来ないんだ」
祐二が哀しそうに云うと。
「なぜなの?」
彩世も悲しそうに聞いた。
「フィギュアスケート界で、彩世さんは有名人だから、万一、慎吾くんに見られたら、誤解される恐れがあるからだよ」
「私はなんと思われても今は平気よ」
「僕も、何を云われても平気ですが、慎吾くんが簡単に信じるでしょうか。だから、目立たないように、逢いましょう」
「他の場所で逢ってくださるのね、じゃあ、我慢するわ」
「目立たないようにと云ったのは、会場から彩世さん演技を見るということですよ」
悲しそうな彩世の顔が急に明るくなった。
「応援に来てくださるのね、嬉しい。それなら、逢わなくてもいいわ」
彩世の無防備な考えを諌めるために、もう一度、云った。
「慎吾くんのことを考えたら、僕らは表立って逢うのを控えるべきだと思う」
「悲しいことね」
「これも有名税と割り切らないと」
「じゃあ祐二さんは有名でないの」
「そうだよ」