第74話
「高校の時、易者さんに占ってもらったら、好きな人の名前を云うと、その人が離れて行くと云われたから、誰にも話さないことにしているのよ」
恵子が真剣な顔をした。
「じゃあ、今の彼と別れるのは決定的ね」
「少しだけ未練があるけれど、将来のことを考えると未練を断ち切るしかないわ」
彩世は慎吾の愛を考えた。
(慎吾さんが連絡してこないのは、私に対する愛が醒めたせいだわ。だって、私なら、一分一秒でも離れるのが嫌だし、声が聞きたいから絶対に連絡するわ)
彩世に対する慎吾の愛が消えたと思うと、楽しかった二日と半日間が思い出され悲しくなる。
「帰りましょうか」
恵子が促したした。
「はい、でも覚えていてね、恵子は私の恩人よ、もし困ったことや相談したいことがあったら、すぐ、駆けつけるから呼び出してね。今日は本当にありがとう」
彩世は恵子によって、危機を救われ、恋愛が夢のように美しくは無いと教えられた。
一ヶ月後、恵子から北海道へ行くと云う連絡があった、理由を尋ねてみると、妊娠していることに気付き、子供の将来を考えると、とても、男と別れることが出来なくなり北海道へ行くことにしたとの返答だった。
十月下旬の日曜日。
今は秋、例年なら、深まる秋を愛でる気候なのに、今年の京都の秋は、季節を先取りしたかのように、北風が吹き、寒い冬の到来を予感させる日々が続いていたが、今日の午後から急に、春のような陽気になった。
その陽気がマンションの自宅でパソコンを操作していた祐二に届いた。祐二が窓を開けて外を見ると、太陽は、薄い霞が包まれたかのように、優しい陽光が地上を照らし、今朝の、あの寒々とした風景が春の景色に見えると同時に、彩世を助けた二年前の暖かい春を思い出し、どうしても逢いたくなった。
しかし、逢えない。否、逢いたければ、すぐ逢えると分かっていた。だが、逢いたいと云えない。
何故なら、彩世は佑二に助けてもらった恩義から嫌でも拒否できないのだ、だから、逢いたくても逢って下さいとは絶対に云ってはならないのだ。
逢えない哀しみと、今日の小春日が、祐二に夢を見させた。
夢とは、絶対に叶わなぬ儚い望みと知りながら、ゲーム機をリセットするように、彩世と初めて逢った日にリセットし、慎吾が彩世に会う前に、自分が彩世に逢おうと考えたのだ。
そして、リセットするためには、彩世を助けた場所へ行かねばならない。だが、今は、その場所を正確に覚えていない。