第68話
「引っ越したといっても、歩いて二分ぼどだから、淋しくないわ」
「そうか、心配していたが、案外元気そうで安心したよ」
「祐二さんが元気つけてくださるから、心配しないでね」
高梁川以来、祐二に逢っていないのに、彩世は父親を心配させないために嘘をついた。
「有り難いことだね、よくお礼をいいなさい。私もお礼を言いたいから、住所や電話番号も知らなから、それも出来ない。何とか、祐二さんに会わせてくれないものかね。彩世から頼んでくれないか」
「それは駄目よ。だって、いくら私がお願いしても会ってくれなかったのよ。佑二さんは、お礼を云われるのが嫌なのよ」
「そうか、じゃあ、お礼が云える時まで待つよ」
「そうしてください。ところで今日は私を心配して電話してくださったの」
「父さんは私を心配して電話をくれたの」
「いや、良い話を聞かそうと思ってだ」
「慎吾さんのことね」
また、祐二に見離されたと思った彩世の心は慎吾へ移り、胸が期待で切なく震える。
「昨日、得意先の人から、慎吾らしき学生が居ると報せてくれたんだ。しかし、あまり期待しないようにな」
「はい」
「得意先の人たちには、私が捜していることにしているからね」
「はい、住所は分かっているの?」
「大阪の天満だよ」
「きっと慎吾さんだわ。だって、大阪のマスコミ関係の会社に就職が内定していると話していたんもの」
「そうか。私が一緒に付いていってやりたいが、明日の日曜日は、業界の大切な会合があるから行けない。来週なら行けるのだが、その日まで、待っていられる?」
「いえ、すぐ会いたいから、明日、行くわ」
彩世の心は揺れに揺れ、決着を付ける為にも一刻も早く慎吾に会わねばならないと思った。
「そうだ、厚かましいが、祐二くんにお願いしてみたら」
父親は、女一人の危険性を察知して云ったのだ。
彩世も、一瞬、そう思うたが、
「捜して頂いても、一緒に行って頂くのは、あまりにも厚かましいので、明日、一人で行きます」
「そうだ、それがいい、良い知らせを待っているよ」
父親は言って電話を切った。