第67話
「と、云うことは、何もなかったということか?」
鈴木が落胆したように云った。
「僕は、以前、お前に云ったように、彼女を尊敬しているが、恋愛感情は持っていないといっただろう、まして、社内では、互いに気まずい思いをするのは嫌だからね」
「俺は、お前が初恋に破れたと聞いた。俺の経験から、初恋は破られるためにあり、その経験が、真の愛を見付ける糧となると思っている。そして、失恋の悲しみや苦しみを消す最も有効な手段は、新しい恋をすることだ。霧子さんとどうだ?」
「今回の招待はそれが目的だったのか」
「そうだ。お前と霧子さんならお似合いだと思ったんだよ」
彩世一途の祐二には、鈴木の好意は、ありがた迷惑でしかない。
「お前の好意は忘れない。もし、霧子さんがこの計画を知った上で参加したなのなら、霧子さんにはすまないが、僕は今も彼女のことを忘れられないからだ」
「そうか、まだお前は思っていたのか、弁解の余地がないな。悪かった、許してくれ」
「僕のことはいいから、霧子さんが傷つかないように対処してくれ」
「分かった。決して、霧子さんの心が傷つかないようにする」
鈴木は、意気消沈の体で帰っていった。
一人になった祐二の脳裏に、氷上で優雅に演技する彩世の姿があった。逢いたくても逢えない彩世の姿を見たことにより、祐二の辛い心が癒された。
また、彩世は、祐二が云った「慎吾くんは僕が責任を持って捜します」の力強い言葉だけを信じて京都へ戻ってきた、と自分の心に聞かせていた。
そうでないと、祐二の愛を期待し、慎吾との婚約を疎ましく思うようになるかもしれないという恐れと罪悪感からである。
だが、もはや、否、以前から祐二を愛した彩世に、祐二を愛するなというのは無理な話であった。
彩世は、祐二の電話を待っていた。だが、何時まで経っても電話はこない。その悲しみを抱いて、フィギュアスケートの試合に出場し、以前のように、自分の思いが祐二のに届くようにと演技した。
彩世は、その演技を祐二が感動しながら見ていたことも知らず、マンションへ帰ってくると、祐二に見放されたと泣いていた。
そこに、父親から電話があった。
「新しいマンションへ引っ越しした気分は、どうだ?」
彩世が女性専用のマンションへ引っ越したのは、社命で米国へ出張していた祖父母の長男が、会社から、急遽、京都支社へ転勤命令を命じられたために、妻と五人の子供を連れて帰って来たのだ。祖父母の家は大きい方だか、彩世が住みには部屋が少ないため、近くのマンションに引っ越してたのだ。