第62話
祐二が腕時計を見る、
「そんな時間か?とは何だ。お前は、お腹が空いてないのか」
「空いているよ」
「しかし、最近のお前は仕事に熱中して、何度も食事を忘れかけているじゃないか」
「帰省した時の仕事が片付いていないんだ」と、云い訳したが、仕事をしていないと、失恋の苦しみから逃れられないのだ。
「違うね。俺は君を理解する最良の友だよ。夏期休暇以後、ずっと冴えない顔をしている。きっと、何かあったに違いない。訳を話せ」
鈴木が心配そうに尋ねた。
「別段なにもないよ」
「うそ付け。普通、帰省はお盆前後なのに、今年も八月二日だった。きっと、何か予定があっての事と思うがどうだ」と、推理する。
「本当に何もないよ」
「その話は後にして、まず、食事に行こうか」
「そうだな」
二人は、社をでると、近くのレストランへ行った。
席に着くなり鈴木が云った。
「俺、婚約したんだ」
聞きたくない言葉をいきなり云われたので、祐二は
「婚約」と、呟いて顔を曇らせた。
「おい、樫山、お前は俺の婚約が嬉しくないのか?」
と、咎められた。
「すまん、悪い。気のすむまで謝るよ」
「謝らなくてもいいよ」
鈴木の心を傷つけたことに気が付いた祐二は、
「どんな弁明も許してもらえそうもないが、僕の訳を聞いてくれ」
と云わずにおれなかった。
「訳があったのか、じゃあ、聞かせてくれ」
「場所は云えないが、夏季休暇の帰省中、ある女性に出逢った。僕はその女性に、初恋をした。幸いにも話す機会を得て、天にも昇る程の幸せを感じていたが、話ている間に、その女性には婚約者がいることを知ったのだ。だから婚約と聞いて、辛くなったのだ」と、祐二は、簡単に話した。
「そうか、分かったぞ、休暇から帰った後のお前は、どこか、元気が無かった。どうやら、それが原因だたんだな。そうか、失恋したか。