第58話
彩世は、自分の複雑な心境に戸惑い、一層、悲しげだった。
祐二は、その悲しげな彩世をいとおしく思うのと同時に、何が何でも、彩世の顔から悲しみを取り除かなければと考え、
「僕の名は、樫山祐二です。この奇遇は、運命の神様が、以前のように、貴女に力を貸せと命じているのかもしれません」
彩世はしばらく思案していたが、断れば、祐二は婚約者が居る女に、もう用はないと、去って行くかもしれないと思うと、とても断れなかった。
詳しく話しを聞いた祐二は、奈落の底へ叩き落とされたような気持ちになり、しばらくの間、奈落の底で、
(あの日、子供達に、ストーカーと云われても、逢いに行けば、この女性は僕をストーカーなどとは思わなかった。それなのに僕は、間違った選択をしてしまったたのだ)
「よく話してくれました。良い善後策を考えましょう」
祐二の悲しみは言葉では表せない。しかし、彩世を見捨てることが出来ない。
(僕が生まれてから初めて心から愛した貴女。例え、貴女が誰の恋人や妻であろうと、僕の助ける心に偽りはない。僕の命あるかぎり、あなたの幸せを陰ながら見守ります)
と、心に誓い、祐二は彩世に対する恋心を奥底に仕舞込むと、力強く云った。
「大丈夫、すぐ捜し出します」
「本当ですか?」
「はい、絶対に探し出します。そうだ、慎吾君の写真か何かありますか?」
全てを祐二に話した彩世だが、愛した人に慎吾の写真を見せられない。
「ありません」
「無いですか、じゃあ、似た人が有名人にも居ませんか」
しばらく考えていた彩世が言った。
「サッカー選手に似ているように思います」
それは祐二も知っている選手の名前だった。
「あの有名な選手ですか、それならすぐ捜し出せますから、気楽な気持ちで待って
いてください。僕は帰ったら、早速、友人、知人に依頼しますよ」
「そんなに簡単でしょうか、今は、個人情報保護法があるし」
「時間をかければ、必ず、捜せだせますよ」
「でも、慎吾さんに迷惑かからないでしょうか、それが心配です」
彩世の顔から最初の喜びが、困った顔に変わった。
「慎吾という名は沢山ありますから、僕自身が捜しているといえば、誰も、彩世さんが捜している慎吾君とは気付かないでしょう。また、彩世さんが捜す場合は、お父さんが捜していることにすれば良いでしょう」
「そうですね。どうぞよろしくお願いいたします」
彩世の顔に安堵の表情が浮かんだ。