第56話
「そうだよ、もし、人間が人間を助けなかったら、誰が人間を助けるのでしょう。百合さんは、自分の命より人の命が大切と思っていたから、自分の命を犠牲にしても、子供の命を救ったんです。神様は、そんな百合さんを見捨てません。今頃は、大好きなカワラナデシコの花に囲まれて遊んでいるでしょう。でも、百合さんは、彩世さんの絵が一番好きだと思いますよ。百合さんの愛に満ちた行為は、私たちの心に永遠に残ります」
「きっと、そうだわ。素敵な夢を見させて頂きました。私は貴方のお話を信じます。そして、優しいお心遣いに感謝します」
彩世は、まだ醒めやらぬ夢から醒めるよう目を開けた。しかし、急に明るい陽光で目が眩んだのか、両手で目を抑えると、また、目を閉じた、それは佑二が目を開けなさいと云わないからだ。
「どうやら僕のお伽話では、あなたの哀しみを癒すことが出来なかったようです。もし差し支えがなかったら、哀しみの原因を聞かせてください」
祐二が聞くと、彩世が泣き出した。
「すみません余計なことを云ってしまったようだ」
「いえ、嬉しくて泣いたんです」
「僕はあなたの哀しみの顔を喜びに変えてあげたいのです。その原因を僕が聞いても、何も出来ないかも知れませんが、話すと少しは気分が晴れるでしょう。そして、哀しみや苦しみを理解する人間が一人増え、解決の道が早まるかもしれないのです。もし、恥ずかしいのなら、僕ではなく、高梁川に話して下さい」
今日、彩世の哀しみが頂点に達していた。そこへ祐二が現れ、お伽話を聞かせ、そして、二人が共に百合の悲劇に涙を流したのだ。
彩世には、祐二が何者かより、心の中では、すでに親しい友人になっていた。
また、話せば、気持ちが少しは楽になるのではないかと考え、
「婚約した人を待っているんです。でも、三週間も経つのに来ないんです」
婚約していると聞いた祐二の驚きは、想像出来ないほどだった。
(愛する女性に婚約者がいた!)
どっど、悲しみがこみあげてきて、声もでない。
彩世は祐二の驚きを感じ取ったのか、
「私ごとで、ご心配をかせてごめんなさい」
我に帰った祐二は、
「悲しい気持ち、よく分かりますよ」
「話を聞いてくださったので、少し気持ちが晴れました。有難うございました」
「それは良かったですね。所で、何を写生しているのですか?」
「カワラナデシコの花です」
と目を閉じたままは答えたので、佑二がお伽噺が終わったので、もう、目を閉じなくても良いんですよと云うと、彩世が目を開けたが長く目を閉じていたので、佑二の顔がはっきりとは見えない。
「僕の両親や兄は花が大好きです。でも僕は、花のことを詳しく知りません」
と云って祐二は彩世に近付き、絵を覗き込んだ。