第50話
「幸せかとか、それならいいんだとか変なことをいうけど、意味が分からないわ、分かるように説明してください」
「彩世には目出度い日、だから訳は明日にするよ」
父親は何でもないというような顔をした。
「明日まで待てないわ、今、話すべきだわ」
母親が急かす。
「彩世も聞きたいか?」
「はい、聞きたいわ」
「じゃあ、話すが、私は彩世の急な結婚話に驚いて、何も考えられずにいたが、彩世が結婚したいと思っていた青年のこと、そう、彩世を助けてくれた青年のことを今思い出したんだ。私も、彩世の結婚相手はその青年が一番望ましいと思っていたので、彩世がその青年を見付けだすのを密かに願っていたのだ。あれほど恋い慕っていた青年を忘れられるのか、それが心配なんだ」
彩世の顔が一瞬、曇ったが、
「大丈夫よ」
と笑顔を作った。
わざとらしい笑顔を見た母親が、
「私も彩世を助けてくれた青年が好きだった。もし、考え直すのなら今のうちよ」
この二日間、彩世は完全に祐二のことを忘れていた。だが、その人のことを両親に思い出さされ、一瞬、胸が詰まる思いがした。
しかし、慎吾との楽しい約三日間、正確には灼く二日半を思うと、祐二の姿も陽炎のように消えて行く。
「あの人にお礼は云いたい。でも、もう終わったのよ」
「そうか、心の整理がついたか、それなら、何の心配もない。だが、助けてくれた人の恩は絶対に忘れるなよ」
「分かっているわ。だから慎吾さんと結婚しても、あの人の恩を忘れないように、私は、この髪型、そしてヘアーバンドを逢えるまで変えないわ」
「それは良い考えだわ。いつか、きっと、逢えるわよ」
母親が断言するように云うと、
「でも、逢った時のことを考えると少し不安になるわ」
すると、父親が
「もし、不安なら、今夜、もう一度、婚約の件、助けてくれた人の件をよく考えれば良い。まだ、今ならやり直せる」
父親は祐二に未練があるようだ。
「そうよ、よく考えるのよ」
母親も、我が子が失敗しないように注意した。
しかし、今の彩世には、考え直すことなどありえないことだった。