第5話
「用があるなら早く云ってよ」
帰省を歓迎されないと受け取った祐二は、怒ったような口調で云った。
しばらく黙っていた母親が恐る恐る口を開いた。
「ねえ、車に乗って帰省するのは止めてくれない?電車やバスは別だけど」
すぐ用件を言えない訳がわかった。しかし、祐二が絶対に聞きたくない言葉であり、要求だった。
一瞬、祐二は唖然としたが、まさか本気と思えず、軽い気持ちでいう、
「そんなこと出来ないよ」
断られた母親は、
「どうしても駄目なの?」
哀しげな声で云う。
本気だと分かった祐二が、声を荒げて、
「無理をいうなら電話を切るよ」
母の要求は、祐二にとって、例え冗談でも承服できない要求だったからだ。
子供の頃の祐二は、警察官に成る夢を持っていた。しかし、中学一年生の夏休み前に、その夢を壊す出来事が起こったのだ。
出来事とは、学校の帰り道で学友が他校の生徒3人に暴行されていたので、佑二が助けに入ったが、力の加減が出来ずに1人の生徒を投げ飛ばし怪我させ警察に捕まったが理由を説明すると幸い罪にならなかったが、その時、佑二は警察官になるのを諦めたのだ。
事情を知った親友の章治が、古浦海水浴へ泳ぎに行かないかと、電話で誘ってきた。佑二は一つ返事で行くと伝え章治の家へ行ったとき、向かいの家の前に真っ赤なスポーツカーが停まり、中から青年が出てきた。
青年は白と赤が好きなのか、白いTシャツに白いジーパン、首に真っ赤なネッカチーフを巻き、颯爽と家に入っていった。
その様子を見て祐二は、格好いいなあ、と、青年の憧れを抱いた。そこで、章治が家から出てくると、青年のことを尋ねた。話によると、彼は東京の大学を卒業し、大阪の会社に就職したがすぐ退職し、少ない資金でITの会社を設立し、社会に貢献していると。
だから、彼は家族だけでなく、町の人たちからも、誇りに思われる存在になっているとのことだった。
「よし、僕も都会へ行き、会社を設立する。乗って帰る車は赤色ではなく、黒塗りの高級車にする」
と、祐二が云うと、章治が、
「僕も親に同じことを云ったら、ばか、志はいいが、まず、一人前になることを考えろと叱られた。それもそうだと思い、まず、自分で新車を買いかえるようになってから、会社設立を考えることにしたんだ」
同感と思った祐二は、東京の大学を卒業すると、すぐ京都の商社に就職した。そして、事業を起こすための資金を作ろうと考え、恋や遊びを封じ、友達や同僚との付き合いを出来るだけ控えた結果、車を現金で買える金が貯まった。