第48話
「ふーんとか、そうか等といわず真剣に考えてくださいよ」
「考えているよ。本当は反対したい。しかし、彩世の幸せそうな顔を見ていると、許さない訳にはいかないだろう」
「有難う父さん」
彩世は、目に涙を溜めて、父親に抱きついた。すると、父親は彩世を優しく抱いて云う。
「こうして、お前を抱いてやったのは何年、いや、十何年ぶりかなあ。あの小さな子供が、早、こんなに大きくなって」
父親は、彩世を抱き、遠い過去に思いを馳せていたが、彩世の肩をしっかりと掴み、優しい声で、
「幸せになるんだよ」
彩世は、父親の優しさに胸が詰まり、声を上げて泣いた。
父親と彩世の成り行きを見ていた母親が、二人の気分を壊すように。
「父さん、簡単に許したは駄目。彩世には天見酒造を継ぐ使命があるのよ。彩世の結婚相手は、この家を継いでくる人でないと駄目よ」
父親も思いは同じだった。
「彩世、その人の名は、そして、家業を継いでくれるのか?」
「名は慎吾さんです」
現実的な問題を投げかけられ、彩世の顔に苦悩が現れた。彩世は両親も家業も愛している。しかし、慎吾に家業を継げない人と結婚できないなんて死んでも云えない。
苦しんでいるのを見兼ねた父親が、
「家業を継ぐか継がないかは、慎吾くんに会ってから決めれば良い。もし、慎吾くんが嫌だと云うのなら、その時はその時考えよう」
「長年続いた家業を他人に譲るのは嫌よ」
と、母親が不満らしい口調で云った。
「所で、慎吾くんの名字は何というんだ。それから大学名は?」
父親は母親の言葉が聞こえない振りして尋ねた。
彩世が恥ずかしそうに答える。
「名乗っていたけど、私が聞き漏らしてしまったの」
頷いた父親が、
「慎吾くんに一目惚れして、何を云っているかが分からなくなったんだろう。白状するが、私も母さんと初めて出会った時は、どんな話をしていたのか全然、覚えていないほど母さんに一目惚れしていたから、彩世の気持ちが分かる」
母親は父親の話を嬉しそうに聞いていたが、話がおわると、嬉しさを隠し、皮肉っぽく、
「嘘でしょう。ずいぶん横柄で自信たっぷりだったわ」