第46話
「いいわ、でも、電車に乗って来られる時刻は?」
「彩世さんが写生している時刻がいいと思います」
「分かりました。もし遅刻しても待っていますから必ず来てね」
「彩世さんを悲しませるようなことを僕は絶対にしません」
「嬉しい」
「そうだ、洪水や雨の日は駅で待っていてください」
「はい」
と、云ってから彩世が尋ねる。
「今日の予定は?」
「僕は、まだ、井倉の鍾乳洞を一度も見物したことが有りません。彩世さんは行ったことがありますか?」
「あります、食事が終わったらご案内しますわ」
「楽しみにしています」
と云うと慎吾はシートに座り、
「じゃあ、彩世さん手作りのお弁当を頂きます」
慎吾は彩世が作ってきた弁当を美味しそうに食べはじめた。
食事を終えた二人は、車で井倉の鍾乳洞に向かった。
鍾乳洞に着いた彩世と慎吾は中へ入った。焼き付くような炎天下の下にいた二人にとって、鍾乳洞内は寒さを感じるほどの涼しさだった。しかし、楽しい時間に終わりがきた、それは慎吾が帰る時間が来たのだ。
彩世が慎吾を車に乗せ、新見駅へ送り届けると、すぐ、やくも号が到着した。
「じゃあ、三日後、必ず、河原に居てくださいよ」
慎吾が念を押してから電車に乗った。だが、慎吾が乗った電車が高梁市駅に着くと、祐二が同じ車両に乗ってきて前の席に座った、佑二の横には岡本が居た。
だが、佑二と慎吾は他の人を見るほど心に余裕が無いため、互いを認識し合うをことは無かった。
慎吾を見送った彩世は、結婚の申し込みを受けた、その興奮さめやらぬままに、実家へ戻ってきた。
「ただ今」
明るい声で彩世は家へ入る。
「遅かったわね」
隣の部屋から出てきた母親が不機嫌な声で云った。
「まだ、お日さまは西の空に輝いているわ」
そういって彩世は自室に入るなり、私、結婚するのよと、嬉しさを抑えて呟いた。
しばらく経った時、母親が深刻な面持ちで、彩世の部屋に入ってきて尋ねた。
「ここ二、三日、何だか楽しそうな顔をしているけど、何か好いことがあったの?」
聞かれた彩世は嬉しさを隠そうとしたが、自然と顔が弛んでしまう。
「何もないわ」