第44話
すると、ヌーやガゼルは、近くで仲間が食べられていても、何事もなかったかのように草を食べている。ヌーやガゼルには、哀れにも抵抗する武器が何もないから仕方ないが、人間には、知恵と愛と法律があり、他人の悲しみや苦しみを知っている。
だが、人間は人が殺されても、ヌーとガゼルと同様に、見たり聞いたりしたときだけ、被害者のことを考えるが、明日になれば被害者のことを忘れ、何事もなかったように美味しい物を食べたり遊んでいる。
人間は、ヌーやガゼルではない。人間が人間を助けなくて誰が助けるというのか。
祐二は少女に、(俺は絶対にヌーやガゼルにならない。そして、君の悲しみが消えるまで忘れないよ)と誓ったものの、今日までの自分は、世情に関心を抱けば目的が果たせなくなると考えて、目的以外の事については出来る限り、耳目を貸さないように塞いでいた。この行為そのものが、ヌーやガゼルと同様の行為と気付き愕然とした。
「悲しいことばかり、もう、何も見たくても聞きたくない」
祐二が云うと、岡本が、
「あの少女が可哀想でならない。この悪夢から覚めるために、私は眠る」
岡本は新聞を丁寧に折畳み、バックのなかに入れて目を閉じた。
祐二は車窓を流れる高梁川に向かって、近日中に来ます、と約束し、目を閉じた。
佑二が高梁すみれという少女に二度目に会う前、
彩世と慎吾は、調査の最終地点である新見市上流の高梁川源流に来ていた。やがて、慎吾は調査が終わったのか彩世が待機している車中に戻って来た。
「彩世さん、調査は終わりました」
彩世は車から飛び出し、「おめでとう」と慎吾と手を取り合って喜んだ。
「高梁川の調査が早く終わったのは全て彩世さんのお陰です。本当に有難うございました」
だが、彩世の心中は穏やかでない、何故なら、調査の終わりが慎吾との別れになるからだ。別れたくない彩世が尋ねたる。
「他の川の調査は行なわないのですか?」
「折りがあれば、伯備線沿いに流れて日本海へ注ぐ日野川も調査したいと思っています」
「じゃあ、その時もお手伝いさせてくださいね」
「手伝ってくれるんですか、有り難い」
また、慎吾と会えると思った彩世が慎吾に、
「お腹、空いていないですか?」
「空いています」
と云って、慎吾かお腹を叩いて見せた。