第43話
と云って、岡本の顔をよく見ると、顔が泣いているように見えた。そこで、不躾だとは思ったが尋ねた。
「どうかしましたか?」
岡本は自分の顔が涙で汚れていると気付いたのか、恥ずかしそうな顔をすると急いでハンカチで顔を拭く。
そして、岡本は黙って、手に持っている今日付けの新聞を広げて、祐二に見せた。
紙面には少女の写真が載っていた。その写真を見た祐二の顔から、血の気がひき、顔が真っ青になると、手がぶるぶると震え出した。
祐二の脳裏に、あの日が蘇る。
幸せそうな母子が居た。大きな荷物を背負った美しい母親がいた。その母親によく似た可愛い少女がいた。その少女が拉致され、殺されたのだ。
祐二は堪らないほどの悲しみに打ち拉がれた。祐二の目から涙が溢れ出る。その涙を拭きもせず、呻くように云った。
「あの子は、もう、この世には居ない....。あの子の命を奪った犯人が憎い。時を戻せるなら、僕は自分の命を捨てでも、あの子を守ってあげる。だが、もう遅い....」
岡本は、祐二の悲しむ様子を静かに見守っている。
「僕は今日まで、動物が殺されると悲しみの涙を流し、助け出された写真等を見ると、感動の涙を流した。そして、その事を後々まで覚えていたが、人が殺されたと見聞きしても少しの間は可哀想だと思ってたが、一粒の涙を流したことがない。そればかりか、心の隅では、またかと思い、すぐ忘れていた。こんな僕が、今、涙を流し、悲しみに打震える資格があるのか。今までの僕が恥ずかしい」
今日まで、祐二の身近において、幸いにも非道な殺人事件が無かったために、残された者の、悲しみ、怒り、そして、無念が分からなかったが、我が妹と思いたいほどの愛らしい少女が殺され、真の悲しみや怒りが込み上げてきたのだ。
「そんなに自分だけを責めるな」
と岡本が云った、祐二がその顔をみると、
「云い訳になるが、毎日、何件もの殺人事件が発生し、多い日には数十人もの人が殺されているのだ。そのため、何時の間にか私も殺人事件に慣れ、麻痺し、怒りの心を失い、不本意ながら、仕方ないと、現状を追認してしまう。その結果、被害者に哀悼の念を抱くことすら忘れ、今日の事件は、明日の事件により忘れ、三日前の事件でも、思いだせなくなる始末だ。我ながら情けないよ」と自嘲気味に言った。
「人々が事件を簡単に忘れると、被害者や遺族の気持ちは救われないでしょうね」
「君と同じ気持ちを日本人ならみんな持っている。そして、このままではいけないと考えているが、事件が多すぎて何も出来ないのだ」
否定出来ないでいる祐二の脳裏に、ある光景が写る。
アフリカの草原で、ヌーやガゼルの群れがライオンや豹に襲われ、一頭が犠牲になる。