第42話
少女と別れ、借り自転車店に来た佑二は、自転車を返却し、備中高梁駅にくると、やくも号が出発した後だった。仕方なく、駅の待合室でいると、
「お客さん」
見ると顔知りのタクシー運転手が現れ、
「もし、お時間があるのなら、備中松山城にご案内しましょうか」
と、声をかけて来た。
時間を持て余していた佑二は、誘いに乗った。
「備中松山城まで歩いて登りたいので、登り口まで送って下さい」
運転手はタクシーを走らせ、やがて登り口に着いた。
「お客さん、着きましたよ」
「有り難う」
タクシーを降りる前に、佑二が云った。
「帰りは貴方のタクシーで帰りたいので、名刺ください」
佑二は、料金を支払って降りると、備中松山城に登り始めた。
備中松山城は、日本一高い所に建てられた城で、天空に浮かぶ城とも云われる素晴らしい城である。
松山城への道は、普通の体力を持っていたら登れるほどの坂道だが、佑二の鍛えられた身体なら、一気に松山城まで駆け上がれるだろう、しかし、今日は真昼の灼熱の太陽を浴びながら歩き回っていたので、足を痛めないように休みながら登ることにした。
佑二が登り始めてからの距離が体感で7百mほど過ぎたころ、高梁市を見渡せるやぐら跡が現れ、その美しい絶景に佑二の目は奪われていたが、すぐ、心の中で、あの町のどこに、あの、女性が居るのだろうかと、見渡すが、心の中に浮か姿は、河原で絵を描く女性の姿だった。
そして、もしかしたら、松山城に来ているかもしれないと思い、松山城を目指して歩速を早めた。
やがて、松山城が現れた、だが、探し求める人は居なかった。
佑二がタクシー運転手の誘いに乗った最大の原因は、高梁市を離れず、高梁市の何処かえ行けば、あの女性に会えるかもと考えたからだ。しかし、松山城には居なかった、だが、まだ、希望がある。この坂道を降りる間、そして、高梁駅に行くまで、そして、やくもに乗るまでである。
佑二は、高梁市を見渡せるやぐら跡までくると、タクシーを呼んだ、そして、登り口まで降りてくると、すでに、タクシーが待っていた。
佑二はタクシーに乗った、だが、素晴らしい景色や松山城を見ても、佑二の顔には寂しさが漂っていた。そして、佑二の望みが完全に消える寸前の備中高梁駅に着いた。
「お客さん、駅に着きましたよ、松山城はどうでしたか?」
「素晴らしかった、また、来たいと思いました」
佑二が感想を述べると運転手が、
「今度来る時は天空の城を見学して下さい」
と云う。
「天空の城とは、松山城と知っているが、それ以上は詳しくないです」
「じゃあ、お教え致します、天空の城は備中松山城てす、天空の意味は、雲海の上に城が現れるからです、しかし、雲海が現れるのは秋から冬、それも、早朝です、だから、天空の城を見たいと思えば、秋から冬の間の早朝で、雲海が現れる条件の天気が絶対条件です」
「お話を聞き、絶対に来たいと思いました、その時も,よろしくお願いします」
佑二は、タクシーを降り、切符を買いに行った。すると、やくもが到着する放送が流れた。佑二は急いで岡山駅までの切符を購入し、プラットホームに駆け込み、入って来たやくもに飛び乗った。
指定席券を見ながら座席を探していると、偶然にも、岡本が居たので驚いて挨拶した、そして、岡本が座っている席の番号を見ると、これも偶然、岡本の横だったので挨拶した。
「先日はお世話になりました」
岡本は、祐二が島根へ帰省せずに、高梁市で二日間過ごしたと勘違いして尋ねた。
「町の感想は?」
「夢の国でした」
「成程。私は方々へ旅しているが、この町が一番すきだ。好きな理由と聞かれれば、景色と高梁市という名前かな。この二つが、僕の心を捕らえて離さないんだよ。君には、夢の国に見えたんだね。そう云われてみると、そうとも思えるからね」
と、感心したように云った
「はい」