第38話
「ええ、でも、保が近所に家を建て、引っ越しをしてから、この家には私と父さんの二人だけ、だから、淋しくて仕方ないの。もし、祐二が一緒に住んでくれたら、どんなに嬉しいことかと、、毎日、父さんと話しているのよ。どう、帰ってきてくれない?」
祐二は無下に断れずに沈黙した。
母親は、それ以上云わずに話を切り替えた。
「お昼ご飯を食べてから、家を出ても、明るい間に京都へ着くでしょう。祐二が帰ってきてから、あまり話が出来なかったわ。どう、父さんが帰ってくる正午まで居て、それから京都へ戻っていってもいいんじゃない」
「悪いけど駄目なんだ」
「どうして?」
「人と逢う約束があるんだ」
聞いた母親が、目に涙を溜めて、
「やっぱり、とうとうくるべきものが来たのね」
「やっぱりとか、来るべきものが来たとか、そして、なぜ泣くの?」
「祐二が、私の元から去る時がきたからよ」
「なぜ、僕が去るの?」
「好きな女性が出来たからよ」
祐二は、母親の勘の鋭さに驚いた。
「女性?居ないよ。なぜ、居ると思ったの?」
「保や妹の美保に恋人が出来たときのように、祐二がいままで見たことのないような楽しげな顔をしている、そして、時々、物思いに沈むでしょう。その上、長年の目標が壊れても、落ち込んだ様子がない。これは、好きな女性が出来た証拠よ」
いい当てられ、祐二は顔が真っ赤にした。
「人に逢うと言っているけど、逢う人は、好きな女性でしょう。母さんは、祐二が帰って来たときから気付いていたんだからね」
だが、恋人でもないのに、居ますともいえない。
「誤解だよ。好きな女性なんか居ないよ」
「隠さなくてもいいのよ」
そこで、祐二が簡単な説明する。
「隠した訳ではないけど、確かに好意を抱いている女性は居る。でも、まだ逢って話をしたこともないんだよ」
「なんだ、片思いなの、可哀想に。そうだ、母さんが力になってあげようか」
母にとって、我が子といっても、家庭を持った保と美保は子を持つ親。どうしても、遠慮するという気持ちが作用する。だが祐二にはない。その我が子が自分の手から離れ、見ず知らずの女性の元へ去るのかと思うと、嬉しさの反面、悲しくて仕方なかった。
「恥ずかしいから、お父さんには」
と祐二は口の前に人差し指を立てる。