第34話
彩世が写生に来る時は、必ず、水着を下に着いていた。それは泳ぐ為ではない。自分が病気だったとはいえ、百合を助けられなかったことが悲しく、もし、誰かが溺れそうになったら助けようと用意しているのだ。
しかし、目的がどうあれ、華やかなビキニの水着は恥ずかしい。そこで、水泳選手たちが着用する水着を着ていた。
彩世は一緒に泳ぎたかたが、慎吾は初対面の男性、まして、恋心を抱き始めた彩世には、この女性は簡単に人に誘いに乗る軽薄な女性だと、軽蔑されるのではないか考え、すぐには応じられない。
また、市とはいえ、小さな町、誰が何をしているか手にとるように分かる。だが、慎吾とこのまま別れることが、どんな淋しい結果を招くかを経験上から知っていた彩世は、恥ずかしさをかなぐり捨てて泳ぐことにした。
二人は時の経つのも忘れ、川遊びをしていたが、慎吾が急に思い出したように云った。
「食事を忘れていた」
「私もよ」
と彩世は云ったが、実は幸福感で腹は満腹だった。
「じゃあ、食事をしましょうか」
云うと慎吾は彩世の手を取り、河原へ上がった。
「わたし、お弁当を持っていないの」
彩世の言葉が聞こえないのか、慎吾は黙って自分のユックを取りにいった。
「私、コンビ二へ行って買ってくるわ」
すると慎吾がバックを広げて、
「これを見てください」
バックの中には、弁当を二つあった。
「まあ、何時もそんなに召し上がるの」
「いえ、もしもの事を考えて、買っていたのが役立ちました」
慎吾は弁当を一つ、彩世に渡した。
「有難う」
「いえ、祖末な弁当ですが、召し上がってください」
と、慎吾が神妙な態度で云った。
それから二人は、パラソルの下で、楽しく食事をした。
「慎吾さん」
好きな男の名を初めて呼び、彩世の胸は喜びに震える。
「何ですか」
と、さり気なく答える慎吾の顔は喜びに溢れていた。
「もう、今日は調査しないんですが?」
「します」
「何処を?」
「どこまでとは、はっきり云えませんが、出来るだけ上流へです」
彩世は、恋する相手に逢えない寂しさから、恋する相手を捜していたのかも知れない。