第33話
「カワラナデシコの花です」と、河原に生えた花を指さした。
「この花は、僕の大好きな花、別名、大和ナデシコですね」
「ええ」
高梁川の研究しているだけに、慎吾は、この花のことをよく知っていた。
また、百合が大好きな花を、慎吾に大好きだと言われ、一層、慎吾が好きになる。
絵をしげしげと見ていた慎吾が驚きを交えて云う。
「絵は完成しているんですね。実物より美しい」
長い間、画き続けた花、下手である訳がない。だが、彩世に上手下手は分からない。
何故なら、絵を見せたのは両親以外では慎吾が初めてなのだ。その為、お世辞だと受け取ったが、それでも嬉しかった。
「有難うございます」
という彩世を見て、慎吾は、その美しさに恋心を抱かずにはいられなかった。
彩世は慎吾に見られているが恥ずかしくなったのか、出来上がった絵を持つと、川の流れが緩やかな所へ行き、写生した絵を清らかに澄み切った水中へ沈めた。
彩世は絵に向かって話し掛ける。
「ユリ、この絵、気に入ってくれた」
慎吾は思わず何をするんですかと言いたくなったが、彩世の姿が、あまりにも厳粛であり悲しみが見えたので、何を云わずに、静かに見守っていた。
沈められた絵は、彩世と慎吾が起こした波により揺れ、様々な形に変化したが、波が消えて行くに従い、絵は水中で美しく咲いた。
しばらくの間、彩世は同じ姿勢でいたが、やがて、絵を水中から引き上げると河原に上がり、濡れた絵を乾かすのか絵を小石の上に置いた。同時に、彩世の顔から、あの厳粛さと悲しみが消え、何時もの彩世に戻った。
それを見た慎吾は、彩世に尋ねる。
「美しく描けた絵を何故、濡らして皺だらけの絵にするんですか?惜しいじゃあないですか」
彩世は、百合との約束を話した。
慎吾は、彩世の優しさに触れ、一層、彩世が好きになった。
太陽熱で熱せられた河原の石が、慎吾の裸足を焼くのか、盛んに足を動かしていたが、とうとう我慢できなくなったようだ。
「足の裏が暑くて堪らないです。彩世さんも泳ぎませんか」
誘われて彩世は嬉しかった。しかし、なぜか即答出来ないでいた。その様子を見ていた慎吾は、断られたと思い一人で泳ぎ始めた。