第30話
また、男が、自分を見つけてくれるようにとの願いから、助けられた時の服装で居るように心がけていたが、いつも同じ服装でいることが困難なので、髪型とライトブルーのヘヤーバンドだけは、男と出逢うまで変えないと決めていた。
しかし、二年間は長すぎた。彩世は助けてくれた男ことを忘れがちになっていた、そんな先月、彩世は、先祖のお墓参りに高梁市に帰って来た。京都へ戻るにはまだ時間の余裕があったので、この一年間、故郷が恋しくなると必ず思い出していた高梁川を見ようと思って高梁川の高梁川大橋へ行った。
高梁川は変わっていない、彩世は安心して橋の上から川面を見ていると、不意に忘れかけていた男のことを思い出し、彩世は男のことを想って泣いた、泣く彩世の目から涙が溢れ出て高梁川の清らかな水の中に落ちる、彩世は居たたまれなくなり、我が家に帰った。
だが、やっぱり、二年間は長過ぎたのだ、京都へ戻る時間にかると、彩世の悲しみも癒え、元気で京都へ戻ったのだ。
しかし、百合の命日である今日、百合のためにカワラナデシコの花を描いている彩世は、決して助けてくれた男の事を忘れた訳ではない、男を思うと辛くなる、その辛さから逃れるために、男の事を忘れようとしているのだ。
だが、今、彩世が忘れようとしている男が、彩世の居る河原へ向かっているのだ。
やくも号を下車した祐二は、改札口を出ると急いでコインロッカーを探した。小さな駅のこと、その在りかはすぐ目に入った。
一分一秒も無駄に出来ない祐二は、ロッカーに荷物を入れながらタクシーを探す、幸いにも、近くに停まっていたので飛び乗った。
「お客さん、行き先は?」
タクシーの運転手に問われ、
「行き先?」
と云いかけたが、後が出てこない、それもその筈、場所は電車から見て知っていったが、初めての土地、地名や道順を知らないのだ。
「場所は電車から見て知っているんですが、地名も道順も知らないんです」
祐二が恥ずかしそうに云うと、運転手が、
「じゃあ、駅のキップ売り場の横に、簡単な観光マップがあるから、それを見たら分かると思いますよ」と、のんびりした声で教えてくれた。
「ありがとう」
礼を云うと、祐二は駅内へ後戻りした。観光マップは、運転手が教えてくれたように、その他の案内書と共に置かれていた。
タクシーに戻った祐二は、運転手に観光マップを見せ、
「ききょう緑地公園です」
と、急き込んで云うと運転手は頷き、車を発車した。
タクシーは駅を発進し、高梁川を渡ると、左折し、高梁川に沿って川下へ向かう。
「お客さん、どの辺りで下りられますか」
運転手は、スピードを落としながら尋ねた。
「あの虫かごを持った三人の子供が歩いている。前方で停めてください」
「じゃあ、一台の車が駐車している、道路の行き止まりですね」
「そうです」
止まっている一台の車は、佑二が逢いに来た女性の車だった。
運転手は、停車している車の横に停めた。
佑二は、河原に女性が居なければ、このタクシーで駅へ送ってもらおうと考え。
「すみませんが、この場所で、僕の帰りえを約十分ほど待っていてください、もし時間内に戻ってこないときは帰ってください」
そう云って、運賃と待機時間料を多め支払って車を降りた。