第29話
そこで彩世は、祖父母の家から近い所にある桂川へ歩いて行き、河原や草花を見ては、心を癒していたのだ。
祖母も彩世の悲しみを取り除こうと考え、フイギュアスケートを習わせた。
幸いにも彩世は、フイギュアスケートに適したいたのか、日本選手権試合に出場するほど上達し、その優美な姿をテレビで度々、放映されていた。
しかし、彩世は高校三年生になってから、試合がテレビで放映されると知ると、彩世は急に実力の半分も出せなくなったのだ。
その訳は、彩世が恋こする男がテレビを見ているかもしれないと思い、絶対に失敗は許されないという緊張感が身体を堅くて小さな失敗を繰り返していたのだ。
男との出会いは、彩世が高校三年生になった爽やかな五月のある日、急に高梁川が恋しくなってきた。そこで、祖母の家からそう遠くない桂川へ行った。
桂川には、白や黄色の卯の花が咲き誇り、土手には雑草が緑の芽を出し、彩世の目や心を優しく癒してくれた。
その景色を故郷の景色に置き換え、故郷に帰ったつもりで散策する彩世の前に、突然のように現れた二人の男が、恐ろしい形相をして襲いかってきた。
余りの怖さに、正気を失った彩世は、人の目に付かない最も危険な河川敷の木陰に隠れようと逃げ込んだのだ。男たちはこれ幸いとばかりに彩世に襲いかかった。
彩世が悲鳴を上げると、スーツを着たビジネスマン風の若い男が、どこからともなく現れ、悪者と戦いなら、恐怖心で地面にうずくまる彩世に、早く逃げろと命じた。
彩世は、云われるままに、震える足を引きずり、その場から逃げだした。
だが、いくら彩世が逃げても恐怖が後を追い掛けてくる。そして、助けてと叫べば悪者に自分の居場所が知れるのではないかと声も出せなかった。
やっと、家に辿り着いた彩世は、祖父母に助けを求めようとしたが不在だった。
日暮前になって帰ってきた祖母に話すと、
「恐ろし、もし、その男性が現れなかったら、今頃、彩世は殺されていたわ。あの場所は、若い女性が殺されたり、誘拐されてるのよ。二度と行ってはいけません」
と、祖母は恐ろしそう云った。
聞いていた彩世も、今更ながら恐ろしさに身が縮む思いがすると同時に、助けてくれた男のことが心配でならない。
(私を助けてくれた人は大丈夫かしら)
彩世が心配している所へ祖父が帰ってきたので、同じことを話すと、祖父が、
「危なかったね。でも、あの二人なら、桂川の下流で、女性殺害犯として警察に逮捕されたよ」
と云ったので彩世は安心したが、助けてくれた男が忘れられなくなった。
その日まで、彩世は病気、百合の死、転校などが重なったために、まだ、初恋の経験がない。その彩世に恋の火を灯したのが助けた男だった。
男に激しい恋心を抱いた彩世は、結婚するならこの男しかいないと思っていたので、その男のよく似た男性を見付けると後を追い掛け、顔を確かめたこともある。