第26話
静かに流れる水流の中を魚が泳ぎ、岸辺には、白鷺が白い彫刻のように微動もせずに佇み、猛暑の暑さをかき消していた。
しかし、解放された祐二の心に映っているのはお伽の国だった。
(あの女性に逢わせてください)
と、高梁川に願う。
やがて、電車は高倉山の麓に到着した。そこから道は二股の大きなトンネルと小さなトンネルに別れ、佑二が乗った電車は、高梁川よりの路線へ乗り入れると小さいトンネルに入った。祐二は、女性の姿を少しでも長く見られるようにと、顔を左側の窓に寄せ、電車がトンネルから出るのを待っていた。
やがて、電車がトンネルを出た、祐二が間髪をいれずに高梁川の河原を見ると、女性はパラソルの横に立っていた。
(居た!)
祐二は心の中で感動の叫びを上げた。
今回も、車窓から何気なく見ていたら(パラソルの横に立つ女性)の絵画を見ているような気がしただろう。だが、祐二が顔を窓にぴったり寄せていたので、視野が広がり、女性のその後の行動が見えた。女性は、いきなりパラソルの柄に手を伸ばしたのだ。
(パラソルを抜かないで!)
佑二は心で願った。
その願いも虚しく、女性はパラソルを抜いた、同時に女性の姿は後方に消えた。祐二が腕時計を見ると、十二時を過ぎていた。
猛暑の真っ只中、女性がこれ以上、写生を続けられなくなり、帰り支度を始めたと祐二は考えたのだ。
(遅かった)
喜びの後の失望、祐二は、切なさで胸が張り裂けそうになる。
(明後日があるさ)
祐二は自らを慰め、河原へ行かないことにした。
電車は後、数分で備中高梁駅に到着する。この駅で降車する人たちは、慌ただしく荷物を纏めたり、気の早い人は、早々と降車口へ向かい始めた。
祐二は、その人たちを見ているうちに、急に降りたくなってきた。
電車を降りるとなれば、岡本に挨拶をしなければならない、しかし、岡本は楽しい夢を見ている真っ最中かもしれない。
祐二が声を掛けるべきか、迷っていると、岡本が目を開け、
「降りるなら早く用意をしたほうががいいよ」
優しく急がせてくれた。
「有難うございます」
祐二は礼を述べると早足て電車を降りた。