第25話
祐二は今日の自分の行動を振り返ってみると、自分の意志により、物事のすべてを自由に選んだと思っていたが、岡本が云ったように、すべて、外力の作用を受けての選択だったことに気がついた。
「云われてみれば、すべて。二者択一の連続でした」
「そうだろう。今後、そんな場面に遭遇したら、良い選択をして、良い人生を選んでくれ」
祐二がうなずくと、
「若い青年が、年寄りの長話に付き合ってくれて有難う」
人も六十を過ぎると、挨拶や仕事以外で若者と話す機会がほとんど無いのか、岡本はその満足感なのか、礼をいうと笑みを浮かべ目を閉じた。
祐二が、その顔を何気なく見つめていると、気付いた岡本が、
「松江駅到着には、まだ、だいぶ時間があるよ。君も一眠りしないか。退屈な旅も、眠ると、夢が見られて、楽しい旅になるよ」
「僕は、目が冴えて眠れませんし、もし、夢を見たとしても怖い者に追い掛けらる夢だけです」
「追い掛けられる夢とは、淋しいかぎりだね」
「岡本さんは、楽しい夢が見られるんですが?」
「勿論だ」
「どんな夢を見られるんですか?」
「年老いて、寝て見る夢は、恋の夢」
照れ臭そうに答えた。
「え!、恋の夢ですか」
意外な答えに驚いた祐二は、自分の父親も、岡本と同じように恋の夢を見るのかと思ったが、よく考えてみると、鼾をかくのが忙しくて、夢を見る暇もないと思った。
「不思議というのか、だから夢なのか、見る夢に出てくる全ての女性は、今までに一度も見たことがないんだ、だが、なぜか、自分の恋人になっていて、その恋人を町角や駅のプラットポームで見かけ、胸を切なくして駆け寄るのだが、急に姿が見えなくなるのだ。そして、探していると、恋人の住所を知ることができ、人に道順を教えて頂くが、どうしても家に辿り着けないのだ。その切なさは、とても言葉では云い表せないほど切ないので目が覚めるんだよ。そして、この夢は何度も見た夢だと、夢の中で思うんだ。何処の誰とも知らない女性に恋をする、なんと素晴らしい夢だとは思わないかね」
恐いものに追い掛けられる夢や、松や柿の木に縛られ、大鉈で切られそうになり夢が覚める、等の夢を見ている祐二には、少し羨ましい夢に思えたので、
「いい夢ですね」
と云うと、岡本は頷き、
「じゃあ、これから、その夢をみるよ」
岡本は目を閉じた。
祐二は、その寝顔を見ながら、今回の短い旅で、母子、その母子を手助けした少年、そして、今、目の前で眠っている岡本を生涯、忘れないだろうと思った。
岡本の顔から車外に目を転じると、何時の間にか高梁川が現れていた。