第19話
乗車待ちする多くの人々は、その不快さから逃れたいと思いながらも、今更、冷房が効いた待合室へ行くのが面倒と思うのか、時々、腕時計を見ては、動きの遅い針と我慢比べていた。
そして、電車が到着するたびに、乗車待ちをしていた人たちの顔に活気が宿る。
やがて、祐二が乗った博多行き、のそみ号が速度を徐々に落としながら入ってきた。
すると、あたかも、のぞみ号を後押しするように一陣の生暖かい風が吹いてきて、ゴミ箱の上へ無造作に投げ捨てられていた新聞紙を一気にホームに吹き落とし、ページを勢いよくめくっていたが、すぐ、その力を失い、紙面を広げたまま止まった。
紙面には、四国の水瓶、早明浦ダムの渇水と、側溝に落ちた犬をレスキュー隊員が助けだした写真が紙面上部を二分する大きさで掲載されていた。
下欄には現在の社会不安が一目で推察できるように、極道非道な殺人事件や倫理の欠けらもない犯罪事件が数多く記され、その中には、一ヶ月前に誘拐された少女の顔写真と情報を求める記事が小さく載っていた。
被害者の少女が着ている制服や白い衿からみて、今年の春、小学校へ入学した時に写したものと分かる。
少女は、野辺に咲く花のように、清純無垢な笑みを浮かべ「わたし、今日から小学生よ」と、誇らしげに語りかけてきそうだ。
祐二が乗っている車両は、新聞紙の横をゆっくり進み、そして、停車した。
ドアが開いた。乗客たちは整然と降りるが、降りた途端、その堪え難い蒸し暑さに気付き、駆け足で出口へ向かう。だが、最後に下車した祐二の足だけが重い。
原因は、岡山駅到着時間が予定していた時間より一時間以上も遅れたことにより、お伽話の国の女性に会える確率がほぼ無くなったと思ったからだ。
それを証明するのは容易だった。何故なら、真夏の太陽は、地上を灼熱地獄に落とし入れ、路を歩く人々のの姿を完全に消し去っていた、犬やネコまでもだ。そして、この暑さはこれから一段と増し、とても、若い女性が写生する環境ではない。
ホームを歩く祐二の目に、散乱した新聞紙が目に入った。
「可哀想に」
と小さな声で呟き、新聞紙を拾い上げた。
昨日までの祐二なら、新聞を買うのは稀で、いつもは、社や喫茶店に置かれた新聞を読み、読む紙面は主に経済主体で、事件関係の記事はほとんど読んでいなかった。と、いうよりか、諸事に気が奪われては、目的を果たせなくなると考えていたたからだ。
しかし、紙面の記事は、祐二が見聞きしてことより遥かに悪い社会情勢だったため、祐二の顔が一層暗くなる。
新聞紙を屑箱に入れ、駅を出た祐二は、米子駅経由、出雲行き、特急電車やくも号に乗り換えるため、伯備線岡山駅のホームに向かった。