最終回
祐二の脳裏に家族と楽しく過ごした日々がよみがえった。
「めぐみさん、、僕の、、言葉を両親に伝えてください」
祐二の声が小さいので、めぐみは自分の耳を祐二の口元に近付けた。
「僕の人生は、、優しい家族に恵まれて幸せでした。どうかめぐみさんの、、力になってあげてください。それから、母さんは、、僕が母さんの近くで死ぬのは耐えられないと云っていたのに、死ぬ僕を許してください。でも僕は母さんや父さんの近くで死ねたら幸せだと思っています。だから悲しまないで、、と、、伝えて、、ください」
その言葉にめぐみは泣きながら応えた。
「伝えます!でも、それは祐二さんと一緒に伝えたいです!」
めぐみは、祐二の人間愛を知り、自分の犯した罪の深さを嘆く。
「私は妻子にある男性と付き合い、あわよくば、その人の妻になろうとしていました、何の罪も無い奥さんや子供さんから幸せを奪い、不幸のどん底に陥れ、場合によっては自殺させていたかもしれなかったわ。祐二さんをみていると、そんな自分が恥ずかしい。もう不倫は絶対にしません。この美しい日本海に夕日が沈む様子を、祐二さんと一緒に、いつまでも見ていたい。どうか、祐二さんを死なせないでください。それが叶わないなら私も一緒に死にます」
祐二は、父親が常日頃、人間が人間を助けなければ誰が助けるのか、と、哀しげに云っていたので、父親なら、めぐみの苦しみを取り除くことが出来ると思った。
「めぐみさんが自分を責めたり、死んだりしたら、僕は死んでも死にきれない、だから、力強く生きてください。もし、辛さに堪えられなくなったら、、、僕の父に苦しみや悲しみの事情を話して、、ください。きっと、、父は、、あなたの心を癒してくれるでしょう」
そう云うと、祐二は力尽きたように目を閉じた。同時に夕日は日本海に沈んだが美しい夕焼け雲が輝いていた。
自分の命の火が消えかけても、めぐみを案じる祐二だった。
「そんなに私のことを、、、」
あとは言葉にならず、ただ、祐二を抱き締めるめぐみだった。その刺激で、祐二は消えかけた意識が戻ったのか、目を微かに開いた、その目に夕焼け雲、、子供のころから家路雲、、と呼んでいた雲が映った。
「帰れなくて、、、ごめんよ、、母さん」
祐二が悲しそうに云った。
「嫌!悲しいことを云わないで」
めぐみが祐二の頬を伝う涙を拭った。
その時、祐二の携帯電話が鳴った。電話の主は彩世だった。
携帯電話をとれば、祐二が最も聞きたいと思っている彩世の声が聞こえたのだ。
だが、祐二はどこまでも不運なのか、祐二の携帯電話は、展望台から離れた側溝にあり、祐二には聞こえなかった。
祐二が何か云いたそうにしていた、しかし、なかなか言葉にならない。祐二は命と引き替えに全ての力を振り絞って云った。
「あ い し て い る ‥‥た か は し が わ!」
めぐみには意味が分からなかってので、聞き直したが、祐二は応えなかった。
もし、祐二が同じ言葉を云ったとしても、めぐみには分からないだろう、この言葉の意味が分かるのは、この世にただ一人しか居ない。
だが、その人は他人の恋人だった、そして、今は親友の妻となる人。どうして愛していると云えようか。
その切ない思いを、今生の別れに「愛している」と、ただ一度だけ云いたかったのだ。だが、愛する人の名を明かす訳にはいかない。
祐二が云えることは、愛する女性の代名である、高梁川に愛していることを告げることしかできなかった。
めぐみが、また、祐二の言葉の意味を聞こうとした時、祐二の全身から力が抜けた。
「死んじゃあ嫌!」
めぐみが絶叫し、泣きながら祐二の身体を揺らすが、祐二の目は二度と開かなかった。
愛する彩世と最後まで愛の言葉を交わすこともなく、また、母の願いも虚しく祐二は逝った。
祐二の死と共に、夕焼けも命が消えたように、その美しい光を失い、暗闇が祐二とめぐみの姿を包み込んだ。
その暗闇の中から、めぐみの啜り泣く声と、持ち主を失った携帯電話が愛哀の音を響かせながら鳴り続けていた。