第16話
祐二が声を掛けようとした時、突かれていたゴキブリが逆襲するかのように、羽を広げると、少女の白い足に飛びついた。
「きゃっ」
少女は、これ以上の恐怖を表せないほどの悲鳴をあげ、家に駆け込んでいった。
悲鳴を聞いた祐二は、最初に聞いた悲鳴と同一だと分かったため、少女に尋ねる必要はないと、その場を立ち去ろうとした時。
「母さん庭を覗いていている人が居るよ。女の人が悲鳴を上げたからストーカーだよ」と突然、後方で男児の甲高い声がした。
驚いた祐二が振り向くと、十メートルほど後方に五、六歳ぐらいの男児が、祐二を指差していた。
「違うよ!」
祐二が必至に否定した。
「譲二、早くこっちへ来なさい!」
母親らしい女が恐そうに男児に云った。
「待ってください、僕はストーカーではありません」
云いいながら、祐二が母子に近寄っていくと、
「来ないでください!」
と母親が激しく拒絶する。
「どうか訳を聞いてください」
祐二が理由を説明をしようとしたが、母親は、恐怖感を顔や身体全体に表し、祐二の釈明を聞こうともせず、子供の手を引き、露地へ駆け足で逃げ込んでいった。
祐二は誤解を晴らすため、母子を追い掛けようとしたが、その様子を他人が見たら、一層の誤解を受けると考えて止めた。
祐二は、道に置いていた荷物を取りに戻り、両手で荷物を持ち上げた時、ブレーキ音と同時に車が横で停まった。
祐二は、母子の通報によって警官が来たのかと緊張した。
「お早う」
穏やかな声で挨拶された。
驚いて相手の顔を見ると、同じマンションに住む佐藤という中年の男性だった。
「お早うございます」
祐二が挨拶を返すと、佐藤が尋ねる。
「大きな声が聞こえてきましたが、あの声は?」
「あれは僕です」
と佑二が項垂れると。
「何があったんですか?」
と追求してくる。