第152部
「そんな昔のことを覚えていたのか」
「忘れるはずがない。僕が故郷を思い出す時には必ず、あの日の君のお父さんの優しい顔と、ブリの美味しさを思いだしていたよ」
「俺の顔は?」
「すまん」
「薄情な奴だ」
真顔で言う良夫に、 祐二が真剣に反省していると
「馬鹿、本気にするな」
良夫が豪快に笑った。祐二は故郷に帰ってきたことを実感した。
「お前がきたら、俺の両親は大喜びをするから、必ず来てくれよ。そうだ、何時頃来れるかな?」
「そうだな、午後七時前になるだろう」
「分かった、ところで、お前が帰っていることを、実家の人は知っているのか?」
「仕事だから報せてないよ」
「じゃあ、家族の人たちも驚くだろうな」
「新鮮な真鯛と同伴だから、きっと、腰を抜かすなよ」
「大袈裟だな」
云った後、良夫が尋ねる。
「時間の余裕があるのか、あれば、コーヒーでも」
祐二が時計を見て
「悪い」
「そうか。それなら早く行けよ。積もる話は、俺の家で」
頷いた祐二は、車を発車させながら思っていた。
(会社の車で来ていたら、商品を届けると、真っすぐ実家へ直行するしかないのだが、自分の車だから、良夫の家へ行ける)
自分で納得していた。
祐二が進む前方の交差点では、信号が赤になり反対車線には、彩世と父親が乗った車が停止車していた。祐二か車を発進させると同時に、前方の信号が青に変わった。
その時、彩世を乗せた車は左折して、祐二が交差点に来たときには、彩世を乗せた車は遥か向こうに行っていた。
もし、良夫に会わなかったら、祐二の車は信号で、彩世が乗った車を鉢合わせ状態になり、互いの存在を見つけただろう。
太田市は出雲市の西側に隣接する市である。
彩世と逢える機会を逃したことも気付かず、国道九号線を太田市へ向かって走った。
直進すれば、祐二に逢えたことも知らず、彩世が父親に尋ねた。
「もう、三時を過ぎているわ。今日中に祐二さんに逢えるかしら」
「そうだな。まだ、三日あるが、今日は暗くなっても、捜すからね」